10月10日(金)より公開の『スノードロップ』は生活保護を受給する一家の実話を基にした社会派映画。メガホンをとったのは『終点のあの子』『Sexual Drive』などの作品を手がける吉田浩太監督。自身の生活保護受給経験から顧みて、この一家の在り方に大きな疑問を抱き映画化を熱望したそうです。本作品への思いやオーディションにこだわった理由など、吉田浩太監督に伺いました。
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----本作『スノードロップ』の撮影で監督が一番こだわったことは何ですか?
吉田監督(以下、省略):自分が病気になった時に生活保護によっていろいろな恩恵を受けたという経験があるのですが、ある実在した家族の事件を知った時、その家族は生活保護を受けることがほぼ決まっているにも関わらず受給を受けない、それも保護から真逆の選択をしたことに疑問をもつったことが始まりでした。生活保護を通して、制度の問題ではなく、人間個人の尊厳の部分に触れたいというのが最もこだわったことで、描かなければいけないところだと思いました。
----本作の映画化にあたっては純粋な演技力のみを基準としたオーディションを開催したとのことですが、オーディションにこだわった理由を教えてください。
通常は主演などが決まった中で映画を作ることが多いのですが、純粋に演技力のみで選別した俳優で映画を作ることをやったことがありませんでした。今回は助成金のおかげで意のままに作ることができたので、自分が一番やりたい事をやってみようと。オーディションはこの人がどんな芝居をするか、力量がどのくらいあるのかが全て見えます。直感で人をキャスティングするのが一番純粋な映画の作り方だと思うのでそれを試してみたいと思いました。どんなに素晴らしい俳優でも役と合わないこともあるので、役に合ってしかも芝居がいいというキャスティングを純粋に選ぶことをやってみたかったんです。
----主演を西原亜紀さん、助演をイトウハルヒさんに決めた理由を教えてください。
たくさんの俳優の方々を見させてもらいましたが、その中で西原さんに決定したのは、最終的には直感もあると思います。主人公の葉波直子は感情を表に出さない、出すことができない人なので、感情みたいなものを表に出さなくても見せられる人ということが大事。西原さんの芝居を見た時、彼女の気持ちの出し方が他の方と比べて迫るものがありました。それは形だけでなく、直子自身として喋るというような姿が見えたんです。それも大きかったと思います。
ケースワーカー役の宗村美樹を演じるイトウさんは、役所の対応の仕方がすごく上手いと思いました。相槌の打ち方、ちょっとした言葉の使い方、役所仕事における相手との距離感の取り方が非常に上手。宗村は直子が唯一心を開く人なのですが、人の話を聞く体質のようなものがご本人の中にある気がしました。オーディションの中での直子との会話でも「この人だったら話せる」という空気感を感じられたのも大きかったと思います。
----劇中では主演の西原亜希さん演じる葉波直子が語らずに演技をするシーンが印象的でした。どんなこだわりがありましたか?
生活保護申請をするまで、直子は今までの生活に疑問を抱くことなく過ごしてきたと思いますが、申請をしたことで今までとは違う心情を抱き始めてしまったと思うんです。そこにおける「本当に言いたいことを語らないでほしい」というのはずっとありましたね。沈黙は通常であれば説明されないと分からないと思うのですが、今回は喋らないことで、彼女が抱えているものが見えてくる気がしていて。喋らないが故に彼女の内心や内面が見える。全部は見えないけれど、徐々に見えてくるようなものを目指しました。
----劇中でお母さんの病状を重度に設定した理由を教えてください。
実際の事件を参考にしたのが大きいと思います。事件を調べたところ、お母さんの認知症の状態が重度であることが分かりました。10年近く介護していたので、重篤化している状況であることが必要だと思いました。直子は母を介護する大変さがありながらも、それが唯一の生きがいでもあり、生きている価値をそこに見い出していたと思います。だから、お母さんに対して自分が行っているという感覚をすごく強めたかった。一方で、かつてお父さんが家を出て、戻ってきた。その埋められない長い空白の時間を父親にもしっかりと受け止めてほしくて、介護の状態を、結構深いところに設定にしました。
----タイトルを「スノードロップ」にした理由を教えてください。
「スノードロップ」という花には、2つの花言葉があります。死、そして希望。本作は死を通じて生きることを見つけ出す物語でもありますし、下を向いて咲いているのも良いと思いました。花は通常上を向いて咲きますが、スノードロップは下を向いて咲きます。それが私は良いと思いました。あの咲き方が直子の何かを表していると思います。彼女が生きていく中で、前を向いて生きようとは完全には思えないかもしれませんが、どこかで下を向きながらも生きていこうという姿が、ビジュアルとしても彼女に重なりました。
----主題歌は、今回のテーマに共感した浜田真理子さんが「かなしみ」という曲を提供してくださったそうですね。監督にとって「かなしみ」とはどんな曲ですか?
もともと自分もスタッフも浜田さんのファンで、お願いしたら快く引き受けてくださいました。自分の中でいくつか候補がありましたが「かなしみ」が一番合うと思っていたところ、浜田さんも同じ曲を出してくださったんです。本作は実際の事件を扱っているので、直子が絶望の淵にいるだけで終わってしまうと作る意味がない。直子がその先どう生きていくかを提示しないといけないと思っていました。でも、それを提示したうえで、直子の悲しみや尊厳を人がどれだけ分かってくれるのだろうか、とも。その感覚が、「かなしみ」の歌詞にハマっていました。浜田さんがチョイスしてくださったのもそういうことかなと。
----本作の撮影中に苦労したことはありますか?
撮影が始まったらスムーズで何も苦労がなかったんです。予算がなく準備はすべて自分でやったので大変さはありましたが、慣れていたし、撮影が始まったらストレスなくすべて順調だったと思います。スケジュールが上手くいくと作品の強度が弱まったり、少しはみ出したりしないと面白い瞬間が撮れなかったりもするんですが、本作は奇跡的な現場で、キャストもスタッフも皆がノーストレスで終われたという。そういう経験は初めてでした。
----監督が本作を通して新たに手に入れたことはありますか?
今までは、性にまつわる話などを多く撮ってきました。自分の中で性は大事なテーマです。性を扱う作品の中で、自分の中で通底していることは「弱者の視点」です。自分が弱い立場であることを知った時、「世界がどう見えるかを描く」こと。今まで隠れたテーマとして行ってきたことを本作では、より直接的に表現しています。そういう意味においてジャンルは変わりましたが、弱者の視点をどう捉えるかということにおいては、本作が一番ダイレクトに描いているので、自分としてはそのテーマをしっかりパッケージとしても出すことができた作品だと思います。
----本作が「第45回カイロ国際映画祭メインコンペティション部門」「2024年大阪アジアン映画祭メインコンペティション部門」に入選した時のお気持ちを教えてください!
もちろん嬉しいのはありますが、本作のような題材を手がけたことがなかったので、作ったはいいが世間がどう感じるのかがまったく分かりませんでした。それが映画祭のコンペティションという良い方向に入らせてもらったことで、作品が受け入れられたという感覚がすごくありました。こういう作品を作ってもいいという免罪符みたいなものをもらった気がちょっとしました。この作品が映画祭でかかる意味、今までとは少し違う感じはありましたね。
----監督は本作をどのような方々に見ていただきたいですか?
生活保護や介護、福祉ということに無関係というか、このようなことに縁がない方に見ていただきたいです。そして、こういう世界があることを感じてもらいたいです。特に30代から40代の方に観ていただきたいですね。あとは、お金があることが成功だろうという価値観ってあると思うのですが、そういう方にも、こんな視点があることを感じてもらいたいですね。
----最後に、監督はこれからどのような作品を手がけていきたいですか?
観客の加担性のようなものを考えています。加担性というのは観客が見ている時に、ただ楽しいとか、その映画を消費するということでなく、自分ごとに感じてしまう映画を作るということかなと思っています。自分の中で昔から無意識にやっていたこともあるのですが、本作を撮った中で、やはり観客を巻き込む必要があると思いました。観客を置き去りにしない、巻き込んでいく映画を作りたいと思っています。
吉田監督、本日はありがとうございました!
(取材・文/早川有)
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『スノードロップ』
10月10日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
【STORY】
認知症の母と同居する葉波直子の元に、長年蒸発していた父が帰宅。困惑する直子だったが母の要望を受け入れ同居するようになる。父の収入が家計を支えていたが持病により余儀なく仕事を失う。それをきっかけに一家を代表して直子が生活保護を申請。ケースワーカー宗村とのやり取りを重ね生活保護申請はスムーズに進んでいくが、訪問審査を終えた夜、父が直子に衝撃の一言を告げる。
監督・脚本:吉田浩太
出演:西原亜希 イトウハルヒ/ 小野塚老 みやなおこ 芦原健介 丸山奈緒
橋野純平 芹澤興人 はな
配給:シャイカー
配給協力:ミカタエンタテインメント
2024/日本映画/98分
公式サイト:https://snowdrop-film.com/
予告編:https://youtu.be/MF0ytyOMB-M
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