幸福を招き寄せる「思考のコントロール』

ラッセルは、不幸を避け、幸福を招きよせるには「思考のコントロール」が最適だと論じています。山口大学国際総合科学部准教授の小川仁志(おがわ・ひとし)さんは、これを「理性を重視する哲学者らしいアプローチ」だと言います。そこで今回は、不幸の原因を取り除くための解決策として、「思考のコントロール」という視点からお話をうかがいました。

* * *

そもそも思考のコントロールとはいったい何なのでしょうか。ラッセルによれば、「ある事柄を四六時中、不十分に考えるのではなくて、考えるべきときに十分に考える」習慣だといいます。それは、精神を訓練することによって可能になるものであり、そうしてはじめて、幸福を能動的にとらえることができるというのです。
それでは、第1回で紹介した数々の不幸の原因に対し、思考のコントロールという観点から、ラッセルが具体的にどんな解決策を提示しているのか見ていきましょう。ここでは「バイロン風の不幸」について取り上げます。
バイロン風とはどういうことかというと、理性によって厭世(えんせい)的になってしまうこと。ひと言でいうとペシミズム(悲観主義)です。ラッセルはそれでは本末転倒だといいます。自分で勝手に不幸な世界観をつくり、そこに閉じこもろうというのですから。
このバイロン風の不幸の典型例として、「伝道の書」を引用し、次のように述べています。
「伝道の書」の作者は、書いている─
 
既に死んだ人を幸いだと言おう。更に生きていかなければならない人よりは幸いだ。
 
いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。太陽のもとに起こる悪いわざを見ていないのだから。

(第二章 バイロン風の不幸)



なんというペシミズムでしょうか。こんなひどい世の中なら、いっそ生まれてこなかった方が幸せだなどと考えてしまうと、すべてが不幸に見えてくるに決まっています。でもそれは決して現実ではなく、あくまで自分がつくり上げた世界観に過ぎないのです。ここまで極端ではないにしても、何でもマイナスに見てしまうという悲観的な人は、みなさんの周りにもいるのではないでしょうか。
この状態から脱するにはどうすればいいか。ラッセルは次のようにいっています。
私自身も、いっさいは空であると感じるような気分を何度も経験した。そんな気分から脱出しえたのは、何かの哲学によってではなく、どうしても行動を起こさなければならない必要に迫られたからであった。もしも、わが子が病気になれば、あなたは不幸になるかもしれない。しかし、あなたはいっさいは空であるとは感じないだろう。あなたは、きっと、子供を健康に戻すことこそ意を用いるべき事柄であって、人間の生命に究極的な価値があるかどうか、という疑問などどうだっていい、と感じるだろう。

(第二章 バイロン風の不幸)



これはまさに思考のコントロールだといえます。ラッセルも理性の使い手です。だからときに考えすぎて、こんなものがいったい何の役に立つのだろうと、負のループに陥ってしまったのでしょう。でも、それはあくまで気分なのです。そこで、その負のループから抜け出すためには、もうそれ以上考えるのではなく、むしろ行動を起こす必要性に目を向けるよりほかないのです。
■『NHK100分de名著 ラッセル 幸福論』より

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