秀吉が愛した北野天満宮の茶菓子

秀吉の命名と伝える長五郎餅。本店でも境内の茶店でも、店内で、餅2つ一皿と抹茶もしくは煎茶のセットでいただくことができる。撮影:平岡雅之
お寺や神社の門前で、歴史を重ねていった町並みが全国に数多くあります。門前町が発展してきた理由のひとつが、いわゆる「名物」。「お参りに行って、ついでにおいしいものを」そんな旅を、日本人は古くから楽しんできました。
北野天満宮では、毎月25日の天神さんの縁日がやってくると、立ち並ぶ屋台の雑踏から少し離れて、境内、東門の内側に「長五郎(ちょうごろう)餅」ののれんがかかり、月に1日だけの茶店が開きます。今では少なくなった自家製あんの品のよい甘さにひかれ、この日に必ず買い求めるというファンは少なくないようです。

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この長五郎餅、実は北野大茶湯(秀吉が権力誇示のために催したといわれる大規模な茶会)と深い関係があります。
大茶湯が開かれる以前から、天神さんの縁日になるとやってきて、わずかな数の餅を売っては帰っていく河内屋(かわちや)長五郎と名乗る老人がいました。この、薄皮にあんを包んだ上品な餅が次第に評判を呼んだといいます。やがて大茶湯が開かれたとき、長五郎も茶屋を出して餅を献上したようで、これが秀吉にいたく気に入られ、「長五郎餅」の名を賜りました。

■守る、伝える、試みる 手間を惜しまないことが味を確かなものにする

日頃、天満宮そばで営業する本店で、21代目店主の藤田典生(ふじた・のりお)さんに、その人気の理由や味へのこだわりを伺いました。
「ご先祖が長五郎餅を始めた頃、おそらく餅と言えばあんを外につけたおはぎ、ぼた餅ですね。そういったものじゃなかったかと思うんです。それを、こういうふうにあんを羽二重のもち米の皮で包み込むスタイルにした、それが新しかったのではないかなと。手もべたつかないし、あんも乾きにくくなる、それが人気を集めたのかなと」
なるほど。では、こだわりのポイントは?
「あんにはこだわっています。あん作りというのはいちばん手間がかかって、京都にもあんの専門店はたくさんあるのですが、自家製のあん作りを続けています。米は、ずっと江州産のもち米です。滋賀県は知られざる米どころで、ご飯で食べるうるち米もいいお米がとれます」
伝統を大事にしている姿勢が強くうかがえます。
「天神さんには結構遠くからもお参りにみえますから、たまに、久しぶりに来たけれどこの味が懐かしい、などとおっしゃっていただきます。変わらん味や、という言葉を聞くのがいちばんうれしいですね」
一方で、新しい感覚も敏感に感じています。
「飾り気のない餅で、風味と食感だけが勝負ですからごまかしがききません。もっとも、これまでかたくなに『昔の味を守る!』と言い続けてきたのですが、最近、店を訪れる修学旅行生たちと話したりしていると、若い人の味覚の変化をつくづく感じさせられます。そういうところからは考えさせられることが多いですね」
■『NHK趣味どきっ! 三都・門前ぐるめぐり』より

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