「無頼」とは何か

坂口安吾(さかぐち・あんご)は戦後に一世を風靡した無頼派の作家として知られています。では、「無頼」とは何でしょうか。戦前・戦中の道徳も信じないが、それらにとって代わろうとしている戦後のイデオロギーも信じない。とすると、これはニヒリズムではないかと思う人もいるかもしれません。しかし、「安吾の場合はそうではないでしょう」と指摘するのは東京女子大学教授の大久保喬樹(おおくぼ・たかき)さんです。

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安吾は、お仕着せの道徳やイデオロギーを取り払ったうえで、人間の原点である生命力に従って生き抜いていくということを強く打ち出します。ニヒリズムに陥って衰弱するのではなく、逆に、強気に居直り、生きていこうとするのです。
ここが、同じく無頼派とされる太宰との大きな違いでしょう。「戦後70年のいま、『堕落論』を読む意義」でも触れましたが、太宰は、人生に幻滅し生きていくことに絶望する弱気の人であったのに対し、安吾はあくまで生にこだわる強気の人でした。
無頼派の「無頼」とは、一般的には「ごろつき」といったイメージを持たれることが多いと思いますが、もともとの字義をたどれば「頼らない」ということを意味します。歴史上で言えば、王朝貴族社会が衰退し、その後の中世武士社会もやがて乱れて戦国時代に移行していく転換期にあらわれた、体制秩序の枠を外れ、法も掟も無視して、何にも頼らずに自力で道を切り開いていく野武士的な生き方を指すものと言えます。そうした無頼の精神の系譜を、安吾は、一切の規範にとらわれず、ひたすら勝つための実践的な工夫をこらして生き抜いた宮本武蔵などに見出しました。その無頼自立の精神を、現代の戦国時代ともいうべき敗戦時において体現したのが、まさに坂口安吾だと言えるでしょう。
■『NHK100分de名著 坂口安吾 堕落論』より

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坂口安吾 『堕落論』 2016年7月 (100分 de 名著)
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