白江治彦八段、ライフワークの多面打ちを語る

撮影:小松士郎
2004年に引退してなお、囲碁普及の第一人者として尽力を続けている白江治彦(しらえ・はるひこ)八段に、プロ入り後間もないころから情熱を注いできた多面打ちについて語っていただいた。

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■多面打ちでギネス申請

恐らく「多面打ち」という言葉を流行させたのは私ではないかと思うのですが、実はプロ入りして間もないころ、呉清源先生の三面打ちを見たのです。結構強いアマチュアを相手に四子、五子で教えていまして、右手でも左手でも打てる。だから三面打ちでも、実に華麗に打っておられたのです。
私はぼう然としてしまいましてね。今から50年以上前で「碁は一対一でやるもの」という時代でしたから…。それを天下の呉先生がひょいひょいひょいとやっておられる──まあ先生ほど華麗にはできなくても「三面打ちくらいなら私にもできるんじゃないかな」と思ったのがきっかけでした。
それから三面が五面になり、だんだんと増えていって、私のライフワークの一つになったのですが、ずーっと後年、散歩中の呉先生とばったり出会ったんです。そうしたら先生が私を見て「多面打ちの名人!」とおっしゃってくれたんですね。もううれしくてうれしくて──いまだにそのことだけはよく覚えています。
その後ですね、将棋の板谷さんという棋士がデパートの前で100面指しをやったというニュースを聞いたので「ならばこっちは101面をやってやろう!」と、銀座の某デパートの前で企画しました。そして碁盤と碁笥というのはですね、並べると横幅が約75cmかかるんです。それを101面置くわけですから約75mが必要になるわけですが、某デパートの長さが、やや入り口に引っかかるのですけど、ちょうどそれくらいなんです。当時の区長さんが碁好きだったもので協力してくださって、警察まで来て交通整理していただき、101面を二回転で202面打ち──なんとか5時間ほどで終えました。
ただし、私が一人で全部の方の相手をしたのではありません。王座を取ったばかりの羽根泰正さんをはじめ、10人ほどの棋士が手伝ってくれたおかげです。
私がお客さんに対しどんどんしゃべりながら打つものだから、他の棋士も同じように声をかけてくれていた──こういうことって棋士は本来、苦手なことだと思うのですが、私があまりに好き勝手なことばかりやっているものだから、最後は他の棋士も皆、楽しそうにやってくれていました。
その後、上野公園での130面打ちでは、林海峰さん、武宮正樹さん、石田芳夫さんら豪華メンバーが手伝ってくれました。そういえば武宮さんが、美人の前に来たときだけ止まって、延々と話しかけていましたねー。
で、この101面打ちを見ていたフランスの経済界の大物が「来年はぜひパリで102面をやってくれ。そしてギネスに申請しよう!」と言ってくださったのです。それで日本のマスコミも応援してくれて実現しました。フランスの体格のいいお巡りさんが、会場の周りをぐるーっと警備してくれていたことをよく覚えています。
その後、1997年には、日本棋院東京本院の2階大ホールを借りきって、230面打ちを実現させたりもしました。
そういえば昨年でしたか、名古屋の大澤健朗二段が1000面打ちを実現させたじゃないですか。あれなんかすばらしいですよね。私の弟弟子の水間(俊文七段)というのも最近ずいぶんと頑張っていて、小学校や中学校で教えて成果を上げているらしい。こういうふうに若い人がどんどんやれば、普及の実が上がってくると思います。
■『NHK囲碁講座』2016年5月号より

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