八百余年の歴史がある宮中と囲碁の関係

テキスト『NHK囲碁講座』では、元参議院議員の藁科満治(わらしな・みつはる)さんが綴る「囲碁文化の歴史をたどる」が好評連載中です。11月号では、宮中と囲碁の深い関係について解説します。

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宮中と囲碁の関係は、長くて深いものがあります。もともと囲碁はわが国にもたらされてから、貴族階級を中心に愛好されてきました。古い文献からも歴代天皇に囲碁の愛好家が多かったことが分かります。歴代天皇は、しばしば囲碁の上手と言われる僧などを招いて御前で対局させ、勝者に褒美を与えたと言われています。そして、中国の影響を受けてか、平安時代からは宮中の儀式に碁盤が使われるようになりました。
「着袴(ちゃっこ)の儀」ののちの「深曾木(ふかそぎ)の儀」で碁盤が使われるようになったのです。
「着袴の儀」というのは、皇太子が5歳になったときに落滝津(おちたぎつ)の服と白い袴(はかま)を着用し、東宮大夫(とうぐうだいぶ)が袴の紐(ひも)を締める儀式です。初めて袴をきちんと着用することによって、その健やかな成長を祝う儀式と考えればよいと思います。
こののち、皇太子は童形服に改め、髪の端を切りそろえ、足つきの碁盤の上に立ち、吉方を向いて飛び降ります。これが「深曾木の儀」と言われるものです。もともと深曾木というのは、3〜5歳ころに男児の髪を切りそろえることを言い、一説には、「かみそぎ」がなまったものと言われています。
宮中での儀式は、もっと複雑で大仰に行われます。皇太子は、髪の毛三か所に鋏(はさみ)を入れられて、碁盤から飛び降りるときに左手に小松二本と橘(たちばな)の小枝を持ち、足の指には青色の小石二個を挟んで飛び降りるのだそうです。
この儀式は現在でも続けられており、現在の天皇陛下(当時明仁親王殿下)は昭和十三年に、現皇太子殿下は、浩宮殿下と言われた昭和三十九年にこの儀式を経験されました。さらに最近では、秋篠宮悠仁親王殿下が平成二十三年に経験されました。いずれの場合も事前に日本棋院から碁盤が宮内庁に献上され、それが使用されました。
これらの儀式は、「碁盤を宇宙に見立て、そこから大地に降り立つ」という意味合いを持つとされています。そうした儀式が平安時代以来、連綿と八百余年にわたって続けられていることは大変なことだと思います。
中国の漢代の宮廷では、毎年8月4日に特定の場所で囲碁を打ち、その年の吉凶を占う習わしだったと伝えられています。わが国の宮廷でも同じように、囲碁を打ってその年の吉凶を占っていたことは古文書に記されており、中国にならって同じようにしていたのだと思われます。
しかし、宮中の儀式が今日のように堅苦しいものになったのは、江戸時代以降のことで、それ以前はもっとおおらかに執り行われていた様子が文献からうかがえます。
■『NHK囲碁講座』2015年11月号より

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