ブッダの死因は食中毒だった──最後に食べたものとは?

ブッダ入滅の地、クシナーラーの涅槃仏
仏教の開祖ブッダは80歳でこの世を去ったが、死因は食中毒であったという。その様子はブッダの遺言集である経典『涅槃経(ねはんぎょう)』に綴られている。花園大学教授の佐々木 閑(ささき・しずか)氏が読み解く。

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『涅槃経』で、場面はいよいよブッダの最後の食事へと移っていきます。パーヴァー村へ移動したブッダは、熱心な信者であるチュンダという鍛冶(かじ)屋さんの家へ食事に招かれました。そこで出された「スーカラ・マッダヴァ」という食べ物を食べたのがブッダの最後の食事です。そしてそれが食中毒を引き起こし、ブッダは亡くなるのです。
この「スーカラ・マッダヴァ」なるものが、どんな食品であったのかは、実ははっきりしていません。「スーカラ」は豚で「マッダヴァ」は「柔らかい」という意味ですから、無理に訳せば「柔らか豚」となりますが、これが何を示しているのかについては諸説あります。そのうちの一つは豚肉説です。たしかに火をよく通さない豚肉を食べれば食中毒を起こすでしょう。チュンダは豚肉を差し上げたのかもしれません。
「お坊さんは肉を食べてはいけないのでは?」と疑問を抱く方がいらっしゃるかもしれませんが、もともと仏教は肉食を禁じていません。肉を食べなくなったのは、ずっと後、大乗仏教になってからの話で、ブッダの時代は肉でも魚でも、いただいた食品はなんでも有り難く食べていました。もちろん今でも、「釈迦の仏教」を受け継ぐ南方仏教国のお坊さんたちは普通に肉食しています。「仏教は精進料理ばかりで肉は食べない」というのは、仏教世界のごく一部でしか通用しない特殊なケースなのです。
「スーカラ・マッダヴァ」に関するもう一つの有力な説は、毒キノコではないかというものです。三大珍味の一つとされるトリュフというキノコは、豚が地面に鼻を擦(こす)りつけながら探しますから、豚のイメージと重なります。なにかそういった類のキノコの名前だったのかもしれません。いずれにせよ、ブッダがなにかを食べて食中毒を起こし、お腹をこわして亡くなったことだけは確かです。
それにしても、偉大な宗教家であるブッダの死因が食中毒とはなんとも人間くさい話です。そして私は、ここが仏教の素晴らしさだとつくづく思うのです。仏教は奇跡や神秘で成り立つ宗教ではありません。ブッダという一人の人間が、悩んで迷って、試行錯誤の末に見いだした、言ってみれば「人のために人が見つけ出した宗教」です。その創始者であるブッダが、最も人らしい普通の亡くなり方をするというところに、その本質がよく表現されていると思います。
誰が『涅槃経』を編集したのか知りませんが、仏教の本義を大変深く理解し、それを誰にでも感じ取れる分かりやすいイメージで表現することのできた、智慧深い人物であったことは間違いないでしょう。
■『NHK100分de名著 ブッダ 最期のことば』より

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