あなたの知っている/知らない 加藤一二三九段

写真:小松士郎
「棋士」という存在の魅力に多面的に迫る『NHK将棋講座』の新連載、「あなたの知っている/知らない○○○○」。第1回となる今回は、近年、テレビのバラエティ番組などにも多く出演し、「棋士」という職業を広く知らしめている加藤一二三(かとう・ひふみ)九段。次回ご登場いただく中村太地(なかむら・たいち)六段の質問コーナーもあります。あなたの知らない魅力にどこまで迫れるでしょうか?

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■加藤一二三九段に中村太地六段より質問

Q 棋士生活でいちばん大事にされていることはなんですか?
一局、一局ですね、これを真剣に指し続けてきました。よい将棋を指すために努力するということ、これが棋士の「柱」です。当然、勝ちたい気持ちもあります。それとよい将棋を指したい気持ち、このバランスが難しい。「勝ちたい」気持ちを出しすぎると、肩に力が入って、よい将棋を指しにくくなる。
NHK杯のインタビューを見ていても、「きょうは一生懸命、よい将棋を指したい」とコメントをする棋士が多いと思いますが、これは「勝ちたい」と思いすぎて、よい将棋を指せなかった経験があるからだと思うんですね。よい将棋を指すということは、自分の研鑽(けんさん)の結果の、実力を発揮するということです。そのうえで、修羅場をかいくぐって、勝てればいちばんいい。それが本音です。「よい将棋を指したい」には、(できればそのうえで勝ちたい)気持ちが、両方が入っているんですね(笑)。
よい将棋を指すように心がける「柱」、これがあれば、若干のブレがあっても、棋士としてそこへ戻ってくることができると思います。
Q 最近した失敗を、できれば将棋以外で教えてください。
フジテレビさんの『アウト×デラックス』という番組で、ビートたけしさんを特集する回がありました。たけしさんの大ファンという方のお話のあと、わたくしが、かつてたけしさんと共演したことに関する二つのエピソードをお話しするという打ち合わせでした。
実際の収録が始まり、そのゲストの方のお話を、一生懸命聞いていました。ところがね、自分ではまったく気づかなかったんですけれども、どうも収録中のある時期、わたくしが寝てしまったらしいの(笑)。それで、ふっと目が覚めて、いや、自分は寝ているつもりはなかったから、そのときは「目が覚めた」とは思っていないわけなんだけれども、とにかく気がついて、自分が話し始めるチャンスをうかがっていたんですね。ところが、司会の矢部浩之さんが「みなさん今日はご苦労さまでした」と言うじゃありませんか!
これは番組が終わる合図なんですね。矢部さんは、わたくしが寝ていたことに気が付いていて、話すのは無理だろうと気遣って、収録を終わらせようとしたんですね。「これはやばい。話すチャンスはここしかない」と思って、すぐに一生懸命話しまして、事なきを得ました。
あと、これは対局の話ですが、ある日、わたくしは新鋭のX棋士と対局していました。昼休み、将棋会館の4階にある白いボード、対局室の割り振りや対局者名が札で示されているものなんですが、それを見たら、なんと「X棋士は体調不良との連絡があり不戦敗」と書いてあったの。「ええっ!じゃあぼくがいま戦っている相手は誰?」と思いますよね。
実際は、わたくしの相手はY棋士で、X棋士は、別の棋士との対局がある予定だったんですね。つまり、午前中、わたくしは対戦相手を別人だと勘違いしたまま、ずっと将棋を指していたわけなんですよ。
でもですよ、冷静に振り返ってみますと、X棋士もY棋士も振り飛車党で、どちらと対局しても、わたくしの指す将棋の内容自体はあんまり変わりがなかったと思うんです(笑)。同じなの。それがおかしかったですね。
■『NHK将棋講座』2015年4月号より

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