吉田美香八段、女流本因坊を取った瞬間に「これはもう過去のことだ」

撮影:小松士郎
入段以来「関西棋院のアイドル」として注目を集め、22歳にして女流本因坊のタイトルを獲得。その後は4連覇を果たすなど、長年にわたって女流碁界を引っ張ってきた吉田美香(よしだ・みか)八段。1998年の女流鶴聖戦優勝以来、タイトルに手が届いてはいないものの、2011年の女流国際棋戦で中国・韓国の一流選手を下すなど、今なおトップレベルでの活躍を続けている。二児の母でもある彼女に、これまでの棋士人生と現在の思いを語ってもらった。

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■初タイトルで思ったこと

十代のころからずっと関西で期待していただいていたのですが、プレッシャーに弱く精神的にも弱かったので、準優勝とか二位が多かったのです。なので周囲の期待を背負いきれず、くじけていました。いつも「私なんか…」と思っていましたから…。
私は本当に頑張りが利かず、体力もないのです。枕が変わると眠れないとか…。そういう点を、母が健康食品を見つけてきてくれたり、一生懸命フォローしてくれまして、周囲の人たちも応援してくれました。大人になりたくないと思って逃げ回っていたのですが、同時に「いつかは背負わなければ」という気持ちもあって、20歳を過ぎたころからようやく覚悟が決まってきたということなのでしょう。
22歳で初めてタイトルを取ったとき(加藤朋子女流本因坊に2勝1敗)に思ったのは「これはもう過去のことだ」ということでした。勝利とはその瞬間だけのことですから、会社のキャリアのように積み重なっていく世界ではありません。勝ってもまたゼロからのスタートだと、そんなことを思った記憶があります。周囲の方たちが喜んでくれたことは、私としてもすごくうれしく「これで関西の環境がよくなるかもしれない。少しはお役に立てたかな」とも思ったのですが、直後は「これはもう過去のこと」という気持ちが強かったのです。
というのも、私には子供のころから人を男女で分けて考えるという発想がなくて、「一人の人間」として見るという傾向があるのです。なので女流のタイトルを取ったとはいえ、それは女流の中だけのこと──「碁界にはもっと強い男性棋士がいくらでもいる。私が目指すべきはそこなのだ」という意識がありました。ですから女流本因坊になれたことはもちろんうれしかったのですが、またゼロからのスタートという気持ちのほうが強かったのです。
また私には「勝敗はコインの裏表で、本質的には同じもの」という考えもありまして、当時から「勝っても負けても、そこから何を得るかが大事なのだ」という気持ちがありました。勝ちと負けは一見、正反対の現象と映るのですが、たとえどちらの立場になろうと、その結果をしっかりと生かすことができれば、等しく成長できると思っていたのです。
私は負けず嫌いなのですごく勝ちたいし、勝ったほうがいいに決まっているのですが、なぜかこの「勝敗はコインの裏表」という考えは、私の中にいつのころからか備わっていました。
■『NHK囲碁講座』2015年3月号より

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