「李香蘭」山口淑子さん、「アジア女性基金」設立に尽力も

李香蘭と原節子 (岩波現代文庫)
『李香蘭と原節子 (岩波現代文庫)』
四方田 犬彦
岩波書店
1,382円(税込)
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 今月7日に94歳で生涯を終えた山口淑子さん。戦前は、日本人離れしたエキゾチックな美貌と美声で"歌う中国人女優・李香蘭"として国境を越えて活躍しました。激動の半生は劇団四季『ミュージカル 李香蘭』や、また2007年には上戸彩さん主演のTVドラマにもなったほど。満州国を舞台にした漫画『虹色のトロツキー』(安彦良和作・中央公論新社刊)や『龍(ロン)』(村上もとか作・小学館刊)にも、ミステリアスな雰囲気を持つチャイナドレス姿の美少女として描かれています。そんな山口さんのドラマチックな一生を、以下にご紹介します。

■中国人女優「李香蘭」としてデビュー
 1920年、山口さんは旧満州で日本人の両親の元に生まれ、父の友人・李際春将軍の養女となり、李香蘭(リーシャンラン/りこうらん)の中国名を貰います。1938年、満州映画協会(満映)にスカウトされ、"中国人女優・李香蘭"として、甘粕正彦理事長のもと、日本のプロパガンダ映画に多数出演。「蘇州夜曲」や「夜来香」などのヒット曲を飛ばし、一躍スターに。

■「日劇七回り半事件」
 1941年に有楽町の日本劇場で行なわれた公演では、李香蘭を一目見ようと熱狂的なファンが押し寄せ、劇場の周囲をぐるりと7周半も囲み、しまいには警官隊の出動や放水まで行なわれる事態になりました。

■あわや銃殺刑も友人の機転で救われる
 当時、流暢な北京語を話す山口さんを、誰もが中国人だと信じて疑いませんでした。終戦後、それまで日本の国策映画に出演していた山口さんは「漢奸(かんかん)」の疑いで中国の軍事裁判にかけられます。漢奸とは、中国人でありながら中国を裏切って、日本の戦争に協力した売国奴に対する罪。漢奸罪は、日本人には適用されないので、山口さんが日本人だということが証明できれば、免れることができますが、軟禁状態の山口さんに、日本の戸籍謄本を入手する手段はありません。あわや銃殺刑、というときに、一体の日本人形が届けられます。人形の帯にはほころびが...なんと、人形の帯には、戸籍謄本が隠されていたのです。実は、山口さんの幼馴染みだったロシア人女性リューバさんが、山口さんの両親から戸籍謄本を忍ばせた人形を預かり、ひそかに届けてくれたのでした。間一髪、無事に日本人ということが証明できた山口さんは、1946年に無罪判決を受けます。

■「男装の麗人」川島芳子とも交流
 山口さんと交流があったのが、「東洋のマタハリ」と呼ばれた美貌の女スパイ・川島芳子。かのラストエンペラー・愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)のいとこにあたる女性です。清王朝の一族に生まれながら、子供の頃に日本人・川島浪速(かわしまなにわ)の養女になり、断髪して軍服を着用「男装の麗人」として暗躍します。同時期に漢奸罪に問われ、日本国籍を証明できなかった川島芳子は、銃殺刑に処されています。

■「山口淑子」としてジャーナリスト、政治家の道に
 帰国後は、旧姓(当時の本名)「山口淑子」の名前で国内外のショービジネス界で活躍した後、1958年の結婚を機に芸能界を引退。その11年後に、ワイドショー「3時のあなた」(フジテレビ系列)の司会者として芸能界に復帰、レバノンで日本赤軍の重信房子さんに単独インタビューを行うなど、ジャーナリズムの世界でも活躍しました。1974年から92年までの18年間、参議院議員を務め、環境庁政務次官、参院外務委員などを歴任。また、私生活では、彫刻家のイサム・ノグチさんとの結婚・離婚を経て、外交官・大鷹弘さんと再婚。

■「アジア女性基金」設立
 政界引退後は、元従軍慰安婦に償い事業を行なう「アジア女性基金」設立者の1人となり、副理事長を務めました。

 山口さんの前半生を振り返ると、まるで歴史に翻弄された"悲劇のヒロイン"のような文脈で語られることが多いようです。

 しかし、書籍『李香蘭と原節子』の著者・四方田犬彦さんは「それはこの偽りの中国人を演じてきたスターが、二重の自己同一性に苦しみ、満映を離れたのち、日本の敗戦を契機として最終的に李香蘭という中国人名を放棄するまでの、長く苦しい物語でもある」と述べ、さらに山口さんが晩年、アジア近隣諸国との国際問題、特にいわゆる「従軍慰安婦問題」について、精力的に取り組んでいたことを紹介しています。

 本書「李香蘭と朝鮮人慰安婦」の章には、山口さんが戦後しばらくたってから、面会した元従軍慰安婦の女性から「蘇州で李香蘭の映画ロケを見た」と言われたこと。そして四方田さんからインタビューを受けた際に「年だってほとんど違わないのに、同じ場所に居合わせている一人がスターで、もう一人が慰安婦だなんて、どうしてこんなことがありえたのでしょう。(中略)私が戦争を憎むのは、このためです」と語ったことが記されています。

 本書『李香蘭と原節子』は、李香蘭と原節子という同時代に銀幕で活躍した2人の女優について、時代背景も含めて様々な角度から分析しています。特に李香蘭/山口さんについては後半生も含め、映画史の枠を超えて取り上げた一冊です。山口さんの激動の人生を知る手掛かりとして、ぜひ一読してみてはいかがでしょう。

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