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アノヒトの読書遍歴 久住昌之さん(後編)

吉祥寺にある居酒屋『闇太郎』
川上弘美さんの『センセイの鞄』を読んで行きたくなったら...


 子どものころに読んだ、大人っぽい絵本や図鑑がいまの自分を作ったという久住さん。「字ばっかりの本は得意じゃない」と言いながら、中学、高校では男のかっこよさを求めて、読書を続けてきました。その後大学に通いつつ、美学校へ行き、赤瀬川原平さんの授業を受けるようになります。1981年には漫画家としてデビュー。約4年後に、かねてから作りたかった絵本を出版する機会に恵まれます。

 「図鑑絵本の『動物の人達』です。先ほど話した『せいめいのれきし』のような本が作りたくて、自分にできるやり方で作ったんですよね。『アカシカのオーキーさん』とか『マレーバクのノンノンくん』などが登場する絵本で、英訳や○○科○○目という学術的なデータも載せました」(久住さん)

 動物たちの個人的な特徴がユニークに描かれ、図鑑としての機能ももっている絵本。久住さんとしては子どもに読んでほしかったのに、書店ではどこの棚に入れていいかわからなかったようで、「へんな棚に入れられていた(笑)」(久住さん)とか。今は絶版になっていますが、この本をある人が見つけ、著者本人に連絡を寄越しました。久住さんが「今まででいちばんうれしかった電話」とまでいう、このエピソード。一体どんなものなのでしょう?

 「井上嗣也さんという超売れっ子デザイナーの方が、古本屋で『動物の人達』を見つけて、忌野清志郎さんのCDに使いたいと言ってくれました。『GLAD ALL OVER』というタイトルで、ライナーノーツのいろいろな部分にイラストを入れてくれました。清志郎が好きだったから、電話口で嬉しくて飛び上がりました」

 本がとりもつ、うれしい出会い。じつは久住さんの人生には、本にまつわる不思議な縁がまだまだあります。

 「7、8年前に作家の川上弘美さんと初めてお会いするときに、一冊くらい読んでおかないとと思って、『センセイの鞄』を読んだんです。仕事場で読みはじめたんですが、冷奴を肴にお酒を飲むシーンが出てきて、急に燗酒を冷奴で飲みたくなっちゃった。その文章を読んだときに頭に浮かんだのは、吉祥寺にある居酒屋『闇太郎』。それで読むのをやめて、そこに行って燗酒とやっこを頼んだんです。マスターが本を結構読む人だったから、川上弘美さんってご存知ですか?と聞いてみました。彼がなんで?と言うから、じつは『センセイの鞄』を読んでいて、食べたくなってここに来ちゃったんですよと言ったんです。そしたら、川上さんもこの店に来るよって言うの。しかも『センセイの鞄』のモデルは、ここだって言う。仰天して、どうなってんの?って思いましたね」

 偶然の出来事に驚くと同時に、作家のもつ特異な能力にも気づかされたと言います。

 「絵もないし設定も違うのに、特定の店の特定のものまで想起させてしまう力はすごいなと。作中にキノコ狩りをするシーンがあるんだけど、それは闇太郎のお客さんと川上さんがカラオケに行った話をモチーフにしているんだそうです。作家って、そんなふうに創造していくものなのかと。そこにも驚きを感じました」

 久住さんに最近読んだ本で、印象に残ったものを教えていただきました。まずは、ユネスコの「世界記憶遺産」に認定された画文集から。

 「最近は『炭鉱に生きる』。作者は明治25年生まれの山本作兵衛。7歳の時から炭鉱に入り、以来50年炭鉱だけにいた人。60歳を過ぎてから、強力な記憶力で絵を描きはじめた。炭鉱の人の娯楽とか、やくざな感じとか、絵がものすごくいいんですね。うまいだけでなく味があって、つげ義春さんの絵に似ている。悪いことやって拷問にあっている絵とかね。炭鉱の人がどんな苦労をしているか、どういうことが楽しみだったとか、苦しみだったとか、事故があって大変だったとか。全部絵で描いてあるんです。おもしろかったですね。やっぱり絵がついている本が好きなんですね」

 それから、昨年の東日本大震災に関連したものからも。

 「文章という点からは、吉村昭さんの『三陸海岸大津波』。去年はテレビで津波の映像をたくさん見たんだけど、その映像が、まんま文章で書かれているんですよ。40年も前に書かれていて、作者は津波を実際に見たわけではないのに。あんまり飾った文章じゃなくて、淡々と描いているのに、そのリアルな描写に驚きました。さっきの川上弘美さんとは、また別の意味で、作家の徹底的な資料収集と聞き込みからの想像力表現力ってなんてすごいのだろうと戦慄しましたね」

 久住さんが漫画家であるからこそ、小説家がもつ表現力のすばらしさをより大きく、より尊重すべきものとして、感じ取ることができるのかもしれません。

<プロフィール>
久住昌之 くすみまさゆき
漫画家。1958年東京生まれ。大学在学中、美術学校で赤瀬川原平に師事する。1981年にその同期生である泉晴紀と組み「泉昌之」名義で、漫画誌『ガロ』でデビュー。1990年に実弟・久住卓也とのユニット「QBB」で発表した『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞を受賞する。代表作のひとつである『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著)は現在テレビドラマ化され、オンエア中。最新刊は『昼のセント酒』。

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