「ラストで世界が反転する」のコピーは本当だった-歌野氏の直木三十五賞候補作

春から夏、やがて冬
『春から夏、やがて冬』
歌野 晶午
文藝春秋
1,620円(税込)
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 恩田陸氏とともに直木三十五賞候補の常連とも言える歌野晶午氏。『春から夏、やがて冬』で第146回の候補としてノミネートされました。

 歌野氏は、2004年『葉桜の季節に君を想うということ』で「日本推理作家協会賞」や「本格ミステリ大賞」を受賞したほか、『このミステリーがすごい!』の第一位を受賞した本格派といわれるミステリー作家の一人です。実力派ぞろいの今回の直木賞候補作、どの作品が選ばれるか目が離せません。

 スーパーの保安責任者である主人公は、絶望を抱え、生きる希望を捨てた中年男性です。彼が出会った万引き犯は、同居中のDV男ときっぱり決別できない若い女性。読者は、冒頭から何かが起きそうな予感を感じるはずです。読み進めると、少しずつ意外な形で、主人公のつらい過去、絶望感が明らかにされていきます。

 不幸をたずさえながらも日々を生きる二人の交流は、淡々と進んでいきます。すべては運命に任せるしかないという諦観をもった者が、皆そうであるように......。もしかしたら、このまま大きな事件もなく、二人のストーリーは終わるしかないのだろうか、と読者が思い始めた終盤に、意外な方向へ物語は動き出します。

 この本の帯には、「ラスト5ページで世界が反転する!」とのコピーが躍っています。これを読んで、何かが起きるという予断をもって読んだとしても、まったく思いもよらない展開に驚かされることでしょう。一方で、ああ、二人が出会ったときから、こういう結末しかなかった、すべてが必然だったのだという感慨にも浸れるラストとなっています。

 選考委員の渡辺淳一氏は、前回の直木賞選考の際に、「当たり前のことだが、小説は事件ではなく、心の内面を描くものである」と語っています。まさに本書は、登場人物たちの心情だけを描いていると言ってもいいでしょう。とんでもない悪人が登場するでもなく、とてつもない悪意が存在するわけでもありません。そんななかでも"事件"は起こるのです。二つの心が出会い、心に科学変化が生じたことで起こる事件。心の内面を描いたからこそ生まれた、ミステリー小説となっています。

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