うまいものを知るために「まずい」ものを食う~『東京・食のお作法』

東京・食のお作法 (文春文庫)
『東京・食のお作法 (文春文庫)』
マッキー牧元
文藝春秋
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 最近、世の中から「作法」が失われてきていると感じている人が多いようで、各種作法について書かれた本、マナー教室といったものが人気を得ているようです。ビジネスの現場でも、「ビジネスマナー」なるものが重要視され、「正しいメールの送り方」から果ては「宴会における身のこなし方」といったものまでが、ビジネスにおける「約束事」として様々なメディアで取り上げられています。

 そもそも「作法」とは何なのでしょうか。

 広辞苑によると、「起居・動作の正しい方式『礼儀――』」とあります。この"正しい"という部分がどうやらキモで、誰が決めたのか、いつからそうなったのか等疑問がわいてこないわけではありませんが、物事にはだいたい理由や背景があるもので、「なぜ」はさておき、ひととおりの作法を身につけておくのが大人の教養だということなのかもしれません。

 一方、作法の英語での言い方、「マナー」をひいてみると「マナー (英語: manners) とは行儀・作法の事を指す」とあります。また、違う文献には「マナーの多くの様式は、四角四面に解釈して適用するマニュアルではなく、人間が気持ちよく生活していくための知恵である」ともありました。

 こちらの解説の方が、共感できる人が多いのではないでしょうか。
 
 前置きが長くなりましたが、「食の作法」をうたった書籍『東京・食のお作法』では、食に対する様々な作法が語られています。その根っこにある精神は「こうやって食べれば美味しいんだよ」という、美食に対する遊び心。遊び心なので、食べ物自体の値段は全く関係ありません。対象が高級フランス料理だろうが、駅前の立ち食いそばであろうが基本は同じ。最も美味しく食べる為の方法を追求しています。この精神の結晶が「作法」として語られているのであって、決して「こうしなければならない」といった堅苦しいものではありません。

 日本人は「作法=ルール」といっ意識が強いため、「作法が分からない」といって各種のマナーを解説したものに飛びついてしまうのかもしれません。

 しかし、「作法」というのは本来個々人が自分なりの方法で追求し、状況に応じたものを身につけるもの。そのためには、ルールで固められた「マナー本」の精神の逆を行くことも必要です。つまり、何事も試し、失敗しながら身につけていくという冒険心であり、それを支える遊び心を忘れないこと。

 本書は食における遊び心の究極の形、「まずいのお作法」で締められます。どうしてわざわざまずいものを食べるのか。それは「まずいものを食うことで、美味いものとはどういうものか本当に分かってくるからだ。そして何より、まずいものを食うことも、それなりに楽しい」と著者のマッキー牧元氏は指摘しています。

 美食に対するこの探究心。これぐらいの遊び心をもって食事にのぞめば、毎日の食卓も創意工夫のしがいがある楽しいものに変わるのではないでしょうか。

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