寺山修司が愛した台湾料理店

ライフワークとして歌人ゆかりの飲食店や温泉宿などを訪ね歩いているという「りとむ」会員で、「太郎と花子」同人の田村 元(たむら・はじめ)さん。11月号の「歌人、この一軒」では、寺山修司(てらやま・しゅうじ)が通った台湾料理店を紹介します。

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今回の「歌人、この一軒」は、寺山修司が通った渋谷の台湾料理店「麗郷(れいきょう)」です。
寺山修司は、1977年から1982年まで、ファンに向けて近況や演劇の公演予定などを綴った「ニュースレター」を発行していました。1977年4月の第1便の中に、「最近うまいと思ったものは道玄坂の「麗郷」の肉員(バーワン)でした。これは誰にでも推薦出来る珍味だと思います」と書かれています。寺山修司のおすすめの料理がどんな味なのか、とても気になりますよね。
私は2015年10月に、歌人の佐々木朔(ささき・さく)さん、寺井龍哉(てらい・たつや)さんと一緒にこのお店を訪れました。赤煉瓦の外観が老舗の歴史を感じさせてくれます。「肉員」はこのとき初めて食べたのですが、デンプン質の皮に肉などの具が包まれた料理で、形状も食感も独得なものでした。とてもおいしくて、確かに人に薦めたくなる味だと、と寺山の言葉に納得したのを覚えています。
お店の方に伺ったところ、寺山はいつも大勢でお店にやって来て、片手を上げて二階の席に上っていったそうです。当時、寺山が主宰していた劇団である、演劇実験室「天井棧敷」のメンバーたちと連れ立って来ていたのかもしれません。
寺山修司は、1954年に第二回短歌研究新人賞の特選となって十八歳で歌人としてデビューしますが、残念なことに、二十代後半には短歌を作るのをやめてしまいました。ところが、「麗郷」に通っていた1977年頃には、再び短歌を作り始めていたのです。先ほど紹介した「ニュースレター」の第1便に、「最近、久しぶりに(実に14年ぶり位に)また短歌を作りはじめました」と書かれています。この頃に作られた短歌は、寺山の生前に発表されることはありませんでしたが、2008年に『寺山修司未発表歌集 月蝕書簡』(岩波書店)として刊行されました。その中から一首引きたいと思います。
暗室に閉じこめられしままついに現像されることのなき蝶

寺山修司『寺山修司未発表歌集 月蝕書簡』



暗室に閉じこめられた蝶のことを、現像されることのないネガに喩(たと)えてレトリカルに詠んだ一首です。寺山の未発表の短歌も、長く暗室に閉じこめられた蝶のようでしたが、未発表歌集の刊行によって読むことができるのはありがたいことです。
■『NHK短歌』連載「歌人、この一軒」2021年11月号より

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