コロナ禍で露呈した群衆的心理

2020年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの生活と考え方に多大なる影響を与えました。「100分de名著」の講師として、ル・ボンの『群衆心理』を読み解くライターの武田砂鉄(たけだ・さてつ)さんは、「私が我慢しているのだから、みんな我慢すべきだ」という群衆心理が相互監視を強めてしまっていると指摘します。

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人間はなぜ、どのようにして群衆と化すのか。群衆のなかに置かれると、人間はどうなるのか。ル・ボンの洞察に従えば、人間の理性や合理性は実に頼りないものです。それは、2020年に端を発するコロナ禍(か)でも露わになったことではないでしょうか。
新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、個人のふるまいが問われるようになり、大勢と違う行動をしていると非難の眼差しを向けられるようになりました。「自粛警察」という、そもそも言葉として矛盾している働きかけが現れ、感染した人を忌(い)み、疎外するような動きも広がりました。時が経つにつれて見聞きしなくなりましたが、新型コロナウイルスに感染した芸能人が丁重な謝罪文を発表していたのも、そんな空気を察してのことでしょう。飲食店に「自粛要請」(これもまた奇天烈な日本語です)が出されていた期間中、自治体のルールに沿って営業している店に「店を閉めろ」と貼り紙をしたり、県境で車のナンバープレートをチェックしたりする動きもありました。
そもそも、感染予防対策に100%はありません。どんなに気をつけていても感染することはある。にもかかわらず、感染者を「自業自得だ」と唾棄(だき)する自己責任論が、露骨に跋扈(ばっこ)するようになってきました。
2020年春、大阪大学の三浦麻子教授が行った意識調査(対象は日米英中伊の5か国で、各国400~500人)によると、「新型コロナウイルスに感染した人は自業自得だと思うか」という問いに対し、「そう思う」と答えた人が日本では11.5%に及びます。これは調査国のなかで最も高い数値で、アメリカは1%、イギリスは約1.5%、イタリアは約2.5%、中国は5%弱にとどまります。その反対に「まったくそう思わない」と答えた人は、日本では約30%でしたが、他の4か国は60~70%台でした。
三浦教授は、比較検討のため、2020年夏にも同様の調査を行っています(対象は日米英、各国1,000~1,200人規模、春とは別の人に調査)。その結果、感染が自業自得だと考える人は、イギリスで1.36%、アメリカで4.9%だったのに対し、日本では17%を超えたといいます。
そうした世の中の「空気」と、為政者からの「要請」という形をした指示が掛け合わさると、個人で物事を考える力はどんどん弱くなっていきます。「みんな」こう思っているようだし、偉い人がこういっているなら、それに従うほうが得策だろうと、自分で考えることも、ましてや抗うこともやめてしまう。抗っている人を厄介な存在として位置付けるようになる。だって、「みんな」そう思っているし、自分もこんなに我慢しているのだから「みんな」そうすべきでしょう、という群衆的心理が相互監視を強めてしまっているのだと思います。
そのことの危うさは、ル・ボンも『群衆心理』で指摘している通りです。はたして、自分は物事を「自分で」考えられているだろうか。群衆のなかに入り込んでしまって、為政者の指示や世の中にあふれる情報を鵜吞(うの)みにしているだけではないか。そのことを、いま一度立ち止まって考える必要があると思います。
■『NHK100分de名著 ル・ボン 群衆心理』より

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ル・ボン『群衆心理』 2021年9月 (NHK100分de名著)
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武田 砂鉄
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