「いくばく残る能を惜しめよ」 パラリンピックを詠う

8月24日に東京パラリンピックが開幕します。「心の花」編集委員の佐佐木頼綱(ささき・よりつな)さんが、パラリンピックを詠った作品を紹介してくれました。

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アキレス腱を切ってしまい松葉杖と車椅子を使って生活していたことがあります。移動が大変で本屋や古本屋へ行けず、また杖で両手がふさがる為に棚から本を取るのも一苦労。少しずつ自分の思考や性格も変わってゆくような気がしました。
そんな生活のなか僕の心を上向かせてくれたのがパラスポーツの動画でした。松葉杖サッカーや車椅子競技をプレーする選手の格好良さにどれだけ心が救われたか。可能性を示してもらえたか。以来、パラスポーツが大好きになりました。
可能性その三文字が画面より飛び出し跳ねるパラリンピック

矢代朝子(やしろ・あさこ)「心の花」2016年12月号



パラリンピックの映像を観ている一首。どの競技を見ているのでしょうか。写実的な部分が少なく細かい部分は分かりませんが、作者が感じている驚きや感動はしっかりと伝わって来ます。短歌は余韻を表現する詩形。初めてパラスポーツに触れた感動をうまく掬(すく)っているように思います。
パラリンピックの標語おのれに言ひ聴かす「いくばく残る能を惜しめよ」

阿部静枝(あべ・しずえ)『地中』



尾上柴舟(おのえ・さいしゅう)に師事した阿部静枝氏の作。下の句は第二次世界大戦で脊髄を損傷した患者の治療をしていた医師ルードウィッヒ・グットマンの「失ったものを数えるな、残されたものを最大限生かせ」という言葉です。グットマンは病院で車椅子選手の競技大会を開催し、それが規模を拡大しパラリンピックになりました。残された可能性を信じよという言葉もパラリンピックの理念となりました。障害者スポーツという文脈で生まれた言葉が意味を広げ、一人の歌人の指針ともなっています。
■『NHK短歌』2021年8月号より

NHKテキストVIEW

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