稲葉陽八段VS.斎藤慎太郎八段 初優勝をかけたNHK杯決勝戦

左/稲葉陽八段、右/斎藤慎太郎 八段 撮影:河井邦彦
第70回NHK杯もついに決勝戦。稲葉陽(いなば・あきら)八段と斎藤慎太郎(さいとう・しんたろう)八段の激闘から、序盤の展開を紹介する。
文:雨宮知典



* * *


■帰ってきた大舞台

「この舞台に帰ってきたい」
稲葉陽は、この言葉で前回のトーナメントを終えた。決勝戦で深浦康市九段に大敗。それは山崎隆之八段に敗れた第67回決勝の繰り返しだった。
重ねた実績は、本戦出場7回で準優勝2回。これを上書きするには、再び決勝の舞台に立つしかなかった。
もちろん、帰りたいと思って帰れるほど、このトーナメントは甘くない。2年連続の決勝進出は、ごく限られた棋士しか達成していない難事なのだ。しかも稲葉は、年度をまたいで8連敗を喫した。棋士になって最悪の状態だった。
そんな稲葉に『将棋フォーカス』講座のオファーが来る。半年間の講師を引き受けた。タイトルは「急戦でノックアウト」。
講座の初回放送日は10月4日。この日はトーナメント初戦、本田奎五段との対局放送日でもあった。講師として早々と負けたくはない。1日でも長く勝ち残りたい。
そして、稲葉は帰ってきた。講座最終回に続いて放送される決勝。今回の相手は、同じく初優勝を目指す斎藤慎太郎だった。

■驚きの新構想

振り駒で稲葉が先手になった。角換わり腰掛け銀の定跡形に進んでいく。2人の指し手は早い。1図など瞬く間に通り過ぎた。

斎藤は△6五桂▲6六銀と形を決め、飛車先の歩を交換する。ここまで進んでも、開始から10分もたっていなかった。
2図の▲8七金が令和の形。特に9五歩型とのセットの場合は終盤で玉の広さが頼りになる。

斎藤は好形を維持したまま玉の出入りを繰り返す。後日の取材で「後手番なので千日手を含んだ手待ちの作戦です。前例もあって、先手がどこから仕掛けてくるのか気になっていた将棋でした」と、研究範囲に進んでいたことを明かしている。
解説の佐藤康光九段が「斎藤八段の研究に、稲葉八段がどう応じるか」と予想したとおりの展開になった。しかし、稲葉が用意していた作戦は、誰も予想できない大胆なものだった。
▲7五歩(3図)。
人を驚かせる指し手では第一人者の佐藤九段が、「かなりビックリ」と驚いた。

斎藤も驚いた。「自玉の周辺からの動きは反動もありそうなので思いつかないところです。こちらは6五の桂を▲6六歩から取られる筋への対策が必要で、悩ましかった」と語っている。
△7五同歩で持ち時間を使い切った。
稲葉は「歩を1枚持つことで打開する筋を見出す」つもりだが、こんなところで戦いになって大丈夫なのか。いずれにしろここからは未知の戦い。指すにはリスク満載だが、見るにはスリル満点だ。
※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2021年5月号より

NHKテキストVIEW

NHK将棋講座 2021年 05 月号 [雑誌]
『NHK将棋講座 2021年 05 月号 [雑誌]』
NHK出版
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HMV&BOOKS

« 前のページ | 次のページ »

BOOK STANDプレミアム