鶴が北へ帰る姿に鎮魂の思いを重ねて

春、北方へ帰って行く鶴を表す季語「引鶴(ひきづる)」。「麦」会長で「天為」最高顧問の俳人、対馬康子(つしま・やすこ)さんが、引鶴を詠み込んだ鎮魂の句を紹介します。

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「鶴」は長寿を象徴するものとして、特別な鳥とされています。白く大きな翼で列をなして帰ってゆく姿は、あたかも魂が帰ってゆくような荘厳さがあります。
私の一年間のテーマである「こころを詠(よ)む」、それは文学の永遠のテーマでありながら、常に新しい感動を生み続ける鎮魂の思いとつながります。鎮魂には、死者の霊を鎮めるとともに、生者の体から魂が飛び去ってゆくのを抑える意味もあります。
東日本大震災が起こったのはちょうど鶴帰る頃のことでした。
引鶴や荼毘(だび)の火の粉の無尽蔵(むじんぞう)

黒田杏子(くろだ・ももこ)



「草木国土悉皆成仏(しっかいじょうぶつ)」という言葉があります。仏の照らす真実が、動植物を超えてすべての存在にあるという仏教の考え方です。日本人の、自然と人間の関係に対する思いを端的に表すものとして、謡曲などにも多く取り入れられています。
この作品の「無尽蔵」に、その思いが伝わります。人を荼毘に付すときの火の粉が、国土をあまねく照らす無尽の真実とつながり、鶴とともに一斉にその本来あるべきところにつながってゆく。曼荼羅(まんだら)のようなイメージを浮かび上がらせてきます。
俳句は、散文表現とは異なる、韻律による平明、簡潔な効果を主たる目的とする定型短詩表現です。心の奥の真実にたどり着くための、詩という不思議な力を持った短い表現であることが重要です。
■『NHK 俳句』2021年3月号より

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