実は「受け身」で「巻き込まれ型」だった在原業平

平安時代に成立した『伊勢物語』は、実在した歌人、在原業平(ありわらのなりひら)の歌を軸に紡がれる文学作品です。作家の高樹のぶ子さん(※)は、現代に伝わる業平のイメージは、のちの日本人がキャラクター付けしたものだと指摘します。実際の業平はどのような人物だったのでしょうか。
※高樹さんの「高」の字は、正しくは「はしごだか」です。

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平安文学というと、十一世紀はじめの『源氏物語』を思い浮かべる方も多いでしょう。そのおよそ百年も前、九~十世紀にかけて成立した歌物語が『伊勢物語』です。
実在の歌人、在原業平(825~880)と思われる人物が主人公の『伊勢物語』ですが、作者は解っていません。おそらく、元々あった物語にさまざまな人が手を加えていったのでしょう(業平とは異なるであろう「男」の話もいくつか含まれています)。十三世紀、百人一首の撰者としても知られる歌人の藤原定家(ふじわらのさだいえ)が、現在にまで残る百二十五章段のかたちにまとめました。
在原業平といえば「稀代のプレイボーイ」ですから、『伊勢物語』には、業平と比定される「男」のさまざまな女性との恋模様が描かれています。平安文化の真髄を伝える『伊勢物語』は、後世の日本文学に多大なる影響を与えていますが、もっとも大きなものは、「色好みの系譜」の原点がかたちづくられた点にあるでしょう。色恋の歌は『万葉集』の頃からありますが、色好みの男というイメージがはっきりと打ち出されたのは、この『伊勢物語』においてです。そして、日本人はそれを好んだ。色事への願望があったのですね。『源氏物語』の光源氏も業平がモデルになったと言われますし、江戸時代には『仁勢(にせ)物語』などというパロディが生まれ、諸国を旅して三千人以上もの女性と関係を持った世之介(よのすけ)の一代記『好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)』(井原西鶴〈いはら・さいかく〉)にも影響をおよぼしていると考えられます。
しかし、『伊勢物語』をよく読んでみると、業平は決して次々に女をものにしたプレイボーイではないのです。どちらかというと受け身で、巻き込まれ型。情が厚く、先入観を持たずに人を見るため、いろいろな女性と通じ合い、思いを遂げてしまうのです。私なりに業平をひと言で言えば、「女に圧倒された男」です。「色好みの男」という像は、業平自身がそうだったというよりも、のちの日本人が業平に付与したキャラクターだったと思います。そこにはある種の願望が込められ、「こんな男は困ったものだ」と言いながらもうらやましく思う──そのような思いが業平を色付けしていったのです。だからこそ業平は千百年も存在し続けたとも言えます。
■『NHK100分de名著 伊勢物語』より

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