嬉しさと、ちょっぴりの後ろめたさと 「夜食」を詠う

『塔」選者の栗木京子(くりき・きょうこ)さんが講師を務める講座「短歌de胸キュン」。今年度のテーマは「飲食の風景」です。11月号では、「夜食」を詠んだ歌を紹介します。

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私は体力に自信がないので徹夜をしたことがありません。日付けが変わるまでには寝るようにしています。また、就寝間際にものを食べると翌朝に胃がもたれたり顔がむくんだりするため、午後九時以降の飲食はできるだけ避けています。したがって、夜食とは無縁の日々です。「夜食のラーメンを平らげてから明け方まで仕事をした」などと言う話を聞くと、大丈夫かなと心配になる反面、その人の活力が羨ましくなります。
二人して味噌ラーメンの丼に摑まりながら夜の淵にをり

渡辺真佐子(わたなべ・まさこ)『魚(いを)の眠り』



二人で食べる夜更けの味噌(みそ)ラーメンは、とてもおいしそうです。人がみな寝静まった頃、世の中から二人だけが弾き出されたように目を覚ましている感じ。世界の片隅にいる心細さ、そしてときめきが「夜の淵(ふち)にをり」から伝わります。また、「丼(どんぶり)に摑(つか)まりながら」にもユーモアにくるんだ客観性がよく表れています。健康にはあまり良くないんだけどなあ、という後ろめたさがかえって互いの心を濃密につなぐのかもしれません。
アンパンの臍嚙みなにかうれしくて妻と語りぬ冬の夜の部屋

一ノ関忠人(いちのせき・ただひと)『帰路』



こちらもほのぼのとした夜の食べ物の歌です。アンパンなので夜食というほど大げさなものではないのですが、夜更けの菓子は充足感をもたらします。単なる「アンパン」でなく「アンパンの臍(ほぞ)」を嚙(か)んでいるのが、この歌の眼目。アンパンの真ん中の部分に桜の塩漬けが入っていたり、罌粟粒(けしつぶ)がまぶしてあったりするのではないでしょうか。アンパンのアクセントになる部分なので、とりわけゆっくりと味わっているのです。心の余裕が歌から自然ににじみ出てくるところがいいなあ、と思いました。「なにかうれしくて」からも、少し照れているような作者の表情が想像できて、共感を呼びます。
■『NHK短歌』2020年11月号より

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