ペストはどんな病気だったのか

17世紀のロンドンを襲い、7万人以上を死に至らしめたペストのパンデミック。当時の人々にとってこれはどのような病気だったのでしょうか。英文学者、東京大学准教授の武田将明(たけだ・まさあき)さんと共に、『ペストの記憶』の描写からその症状や特徴を見てみましょう。

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14世紀に大流行した際は、ヨーロッパの人口の三分の一が亡くなったとも言われるペストですが、語り手のH・Fによると、ペストは「体質の違いに応じてさまざまな症状を示した」といいます。
ある人は、たちまち身体じゅうに病気の毒がまわり、猛烈な熱、嘔吐、耐え難い頭痛と背中の痛みなどが次々に押し寄せ、あまりの苦痛に絶叫し、狂乱した。またある人は、首や股間、あるいは腋の下ができものや腫脹で膨らみ、これが潰れるまでとうてい我慢できない激痛に苛まれた。そうかと思うと、先ほど話したように秘かに感染する人もいた。知らないうちに熱がこの人たちの生命力を蝕み、当人はほとんど気づかないまま、ついに意識を失って卒倒し、そのまま元に戻らず痛みのない死を迎えた。
激しい症状に見舞われる人、ほとんど無症状のまま病が進行し、ふとした瞬間に命がついえてしまう人など、様々だったようです。
中でも腫(は)れものの痛みはすさまじく、その治療法も今から見ると残酷なものでした。まず、医者は硬くなった腫れものに湿布を貼って潰し、膿(うみ)を出そうとします。硬すぎて潰れない場合は、腫れものを切り刻みました。「どんな器具でも切開できないほど硬くなると、今度は腐食性の薬品で腫れものを焼いた。このため多くの人が苦痛にわめき狂いながら死んだ。まさに手術の最中に死ぬ者もいた」といい、苦痛に耐えきれずに自ら死を選ぶ人もいたといいます。しかしながら、治療が成功して膿が出ると、多くの患者は恢復(かいふく)しました。恢復できなかったのは症状が出なかった人たちで、さきほど引用した一人娘のように「致命的な徴」が現れたときには、全身に壊疽(えそ)が広がり、もはやなす術(すべ)がなくなっていたのです。
こうした生々しい描写からもわかるように、当時はまだペストの原因が特定されておらず、特効薬もありませんでした。ペスト菌が発見されるのは19世紀末になってからのことで、現在では抗生物質によってペストを治療できますが、17世紀のロンドンにそんなものは存在しません。一度かかってしまえば、死ぬ確率が高い恐ろしい病気が広がり始めた──このような状況下で、人はどのような心理となり、どのような行動を取るのでしょうか。
■『NHK100分de名著 デフォー ペストの記憶』より

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デフォー『ペストの記憶』 2020年9月 (NHK100分de名著)
『デフォー『ペストの記憶』 2020年9月 (NHK100分de名著)』
武田 将明
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