森内俊之九段、フリークラス宣言の真意

撮影:河井邦彦
平成の将棋界はどのように動いてきたのか。平成の将棋界をどうやって戦ってきたのか。勝負の記憶は棋士の数だけ刻み込まれてきた。連載「平成の勝負師たち」、2020年7月号は森内俊之(もりうち・としゆき)九段が登場する。
文:椎名龍一

* * *

森内から衝撃的な言葉を聞いたのは、六本木ヒルズの近くで花見をしながら缶ビールを飲み、釜めし弁当を食べている時だった。4年前の春、風もなく暖かな昼下がりだった。
「今度、理事選挙に立候補することにしました」と森内は言った。
(森内さんが将棋連盟の理事になるのか。いいじゃないですか)と思った私に、続けて森内はこう言ったのだった。

■フリークラスに行きます

あまりの衝撃波に私の思考はしばらく停止した。ものすごいことを聞いちゃったけど、今ここで聞いたことは現実のことなのかとさえ疑った。気持ちを落ち着かせようと一口飲んだビールは味がしなかった。
(ダメダメダメダメダメダメダメ……)
インターネット動画中継で大量のコメントが画面を覆いつくすみたいに、私の脳内にダメの文字があふれかえって右から左に流れていった。
その年の3月。平成28年度第75期A級順位戦で森内はB級1組に降級。それが森内にフリークラス転出を決意させたのだということはすぐに理解した。
しかし、である。
平成14年に名人となり、羽生善治と名人戦の舞台で対戦すること実に9回。羽生に先んじて永世名人の資格を得た森内が、一時的にB級1組に落ちたにせよ、再びA級に復活して、また名人位を争う可能性が十分にある実力者であることは間違いない。
「もったいないですね……」
脳内が混乱した状態でそう言ったのが精一杯だった。
本心は(ダメダメダメダメ)という言葉が洪水のように流れているのだが、森内が自分の棋士人生で下した重大な決断だけに、私が「絶対反対」と言っても覆ることはないだろうし、むしろ森内の決意を固めるだけのような気もした。今にして思えば「もったいないですね」という言葉に、私はゼロコンマ数パーセントの確率で森内の気が変わることに賭けたのかもしれない。
森内はフリークラスに転出し、理事になって多忙な日々を2年間送り、次の理事選には立候補しなかった。傍(はた)から見ても森内にとっては激動の日々だったことは想像に難くない。
その間、私が気になっていたのは、フリークラスに転出したことを森内は後悔していないのかどうか、ということであった。
まだ早いかなという想(おも)いもあったが、今回のインタビューを機に、私は率直に質問してみようと思った。もし森内がフリークラスに転出したことを後悔しているとしたら、塞がりつつある傷をまた開けるような行為でもある。そうであったら本当にごめんなさいで、10年後とか20年後とか、もっと先になってからのほうがよかったかもしれないと思いながらも恐る恐るたずねた。
「永世名人の資格をいただけたときに、自分がA級から落ちるときには何かを考えておかなければいけないかなと思っていました。具体的にどうしようかと決めていたわけではないのですが……。実際、名人位を失ってからはコンディションがよくなくなっていて将棋の成績も下がっていました。
A級順位戦というのは、成績がよかった人が急に悪くなって落ちるということはあまりないんですよね。2年とか3年とか、何年かかけて悪い成績が続いていってリーグ順位が下がって落ちるというのが一般的なので。私の場合はその前の年も負け越しでしたし、落ちるべくして落ちたと思いました。
そのときは、翌年続けてもA級に復帰できるという感じではなかったですし、さらにB級2組に降級するかもしれないとさえ感じているような状況でしたので、フリークラス転出を宣言しました。
同時にそのころは、将棋界で大きな問題が起こっていて、将棋連盟理事5人が退任となった時期と重なりました。私のフリークラス入りとは直接関係はないのですけれど、奨励会同期の佐藤康光さんが急遽(きょ)会長職に就いたこともあって、少しでもその力になれればという想いもありました。
私は理事経験がなかったので、自分が理事になったとしてどれくらい力になれるのかも分からないところがあったのですが……。結構悩んだ末に理事選挙に立候補することにしました」
――永世名人の資格を取ったときに将来A級から落ちたときの身の振り方を考えていたことと、当時の将棋界が危機的状態だったことの両方の波が干渉しあっての決断だったということですね。初めての理事職はいきなり専務理事という重職でした。ふつうは何年か経験を積んでから任せられることの多いポストです。大変ではなかったでしょうか?
「理事の経験がなかったのでやはり大変な部分は多かったですし、また理事になってからは生活が一変しました。それまでは自由な時間がたくさんあるのがふつうだったのですが、理事になってからは将棋会館に行ったり外回りの仕事などで、スケジュールがびっしりと埋まるようになりました。
自由な時間はほとんどなくなり将棋の研究もできなくなりました。まるで別の仕事に転職してしまったような感じだったですね。
新しく勉強しなければならないことも多かったのですが理事職には新鮮さもありまして、自分が少しずつ職務をこなしていけるようになっていった部分を実感できることもありました。理事としての仕事にやりがいを感じていたというのもありました。
理事に就いた直後に藤井聡太さんの活躍が世間に注目されるようになって、将棋界が危機を乗り越えプラスの方向に進んでいくことができたのは、当時の新メンバーの理事にとって幸運なことだったと思います」
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
※続きはテキストでお楽しみください。
■『NHK将棋講座』連載「平成の勝負師たち」2020年7月号より

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