謝依旻六段の「すべてを懸けた一局」

撮影:小松士郎
女流本因坊6連覇、女流名人9連覇、女流五冠などの偉業が輝く謝依旻(しぇい・いみん)六段。後輩たちが憧れる頼もしさも、ときおり見せるはにかむ表情も魅力的です。今回の一手は、「すべてを懸けた」一局から選んでいただきました。

* * *


■昔より精神力は強くなった

私は5歳から囲碁を始めたのですが、当時台湾では日本の雑誌が教科書でした。棋譜を並べながら、少し漢字も読めたので「女流本因坊」と「女流名人」という文字を見て、「私はいつかこうなりたい」と思った記憶があります。たぶんそのときから、日本でプロになれたらいいなと思っていたのだと思います。
12歳で日本に来て、14歳でプロになり、17歳のときにタイトルを取れた(※当時の女流棋士史上最年少記録)ときは、もちろんうれしかったですし、同時に自分の実力は自分でよく分かっているので、もっと強くならないといけないなという気持ちもありました。タイトル戦の最中は常に緊張感の中で生活していてちょっと疲れたときもありましたが、そうした経験を経て、今の自分は昔より精神力は強くなったのではないかと思いますね。
女流本因坊戦の連覇が途絶えたときの碁は今でも忘れられません。
ものすごく落ち込み、あまりにつらくて、すべてをリセットしたくて、次の年の初対局の前にマカオに行ってバンジージャンプをしたほどです(笑)。
2年後に改めて挑戦者になることができ、そのタイトル戦の3局目を、今回は選びました。
相手となった藤沢里菜さんのことは、彼女がプロになる前に棋譜を見て「プロになるだろうな」と思っていました。入段後に初めて対局したテレビ企画の非公式戦では負かされました。周りは皆さん驚いていたのですが、正直に言うと私はそれほど驚きはなくて、「思っていたとおり強いな」という印象でしたね。
そして、この五番勝負では、1局目と2局目は負けてしまいました。「もしかしたら3−0で負けてしまうかもしれない」と不安になりましたね。でも、それまでストレート負けをしたことはなかったので、「シリーズは負けてもいいから、何とか1局勝ちたい」という強い思いがありました。ですから、この3局目は、たぶん近年ではいちばんエネルギーを使ったのではないかなと思います。対局が終わって次の日の朝、疲れ過ぎて起き上がれなくて(笑)。もちろん、頑張れば起き上がれるのですが、1時間か2時間か、しばらく天井を眺めていた覚えがあります。あの一局に本当にすべてを懸けたような感じで、持っている知恵とかエネルギーを使い果たした感覚でしたね。具体的には覚えていないのですが、ふだんの対局のときもその日や次の日は盤面が頭に残っていて眠れないことが多いので、あのときも天井を眺めながら前日の碁のことを考えていたかもしれません。
※続きはテキストでお楽しみください。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
文:高見亮子
■『NHK囲碁講座』連載「シリーズ 一手を語る」2020年3月号より

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