魅惑に満ちた「夕」を歌に詠む

「未来」選者の大辻隆弘(おおつじ・たかひろ)さんの講座「私が出会った現代短歌」。2020年1月号では、「夕」をテーマにお届けします。

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今月の題は「夕」です。夕暮れ時は、一日のなかでももっともミステリアスな時間でしょう。現代短歌においても魅惑に満ちたこの時間帯を歌った歌は数多くあります。
夕かぜのさむきひびきにおもふかな伊万里の皿の藍いろの人

玉城 徹(たまき・とおる)『樛木』



玉城徹は北原白秋門下から出発し、深い教養と高踏的な作風で知られる歌人です。この歌は彼が四十代の頃の作品だと思われます。夕方になって風が激しくなる。寒々とした響きを立てて、作者がいる部屋のおもてを吹き過ぎてゆきます。その音を聞きながら、作者はかつて見た伊万里(いまり)焼の皿を思い浮かべたのでしょう。その皿には藍色の釉薬(ゆうやく)によって描かれた「ひと」(おそらく女性でしょう)が立っていた。冷ややかで落ち着いた色調で描かれた女性の姿と、耳に聞こえてくる寒い夕風の響き。色彩と風音が寒々とした印象を引き連れて、夕方の作者の心をゆっくりと浸してゆく。そんな感じがする歌です。
夕闇はまずくれないの薔薇にふれかすか揺らして窓辺にきたり

小高 賢(こだか・けん)『家長』



小高賢は昭和十九年に生まれ、平成二十六年に没した歌人です。この歌は彼の四十代の作品。陽が翳(かげ)り始め、部屋のなかがだんだん暗くなってくる。そのとき真っ先に暗くなってゆくのは濃い紅の色をした薔薇の鼻です。それを作者は「夕闇が薔薇に触れるのだ」と感じています。繊細な感覚です。闇が花びらに触れた瞬間、薔薇はかすかに揺れたように感じられたのでしょう。花を揺らして部屋を占領しはじめた闇は、やがて、最も明るい窓辺にまで至ろうとしている。そんな夕暮れ時の部屋の光線の変化を、丁寧に、スローモーションの映像を見るかのようにゆっくりと描き出した作品だと言えるでしょう。
■『NHK短歌』2020年1月号より

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