失われゆく山形の在来作物 地域の食文化を守るための人々の取り組み
- 鶴岡市内の保育園で、園児が育てた波渡(はと)なす。保育園が維持・継承に取り組んでいる。撮影:大泉省吾
取材した2019年9月時点で、179種類の在来作物が残る山形県。失われゆく在来作物を、どのように未来につなぐか。そこには、地域の食文化を守ろうとする人々の、さまざまな取り組みがありました。
* * *
■山形の「在来作物」とは、自家採種で世代を超えて栽培されている作物
山形在来作物研究会の会長として、在来作物(在来種と同義)の研究・保存に尽力している山形大学の江頭宏昌(えがしら・ひろあき)さん。山形県に多くの在来作物が現存する理由をお聞きしました。
「自家採種しながら世代を超えて栽培され、その地域に根づいた作物を、山形在来作物研究会では『在来作物』としています。在来野菜は在来作物に含まれます。地域にとってかけがえのない作物を広くとらえてもらうことが目的で、定義をシンプルにすることで対象品目を増やせるので、数は多くなるんです。いわば多様性を守るための定義です」
もう一つは地理的・気候風土的な要素。
「例えば県内で最も多く在来作物が残っているのは、日本海に面した庄内(しょうない)地方。ところが、同じ庄内でもコメどころの酒田には少なく、中山間地の多い鶴岡にはたくさん残っています。鶴岡周辺は水田を開くのに困難な地域も多く、適地を探りながら主に野菜の栽培をせざるをえなかったからです。
山形には在来作物のカブが20品種以上と、ほかと比べても多く現存しています。それはカブが、コメを食い延ばす『糧(かて)』だったから。夏に開花するイネの花を見れば、豊作か不作かがわかります。不作だとわかってから栽培を始めても冬に間に合うのが、ソバとカブ。カブは、ダイコンより寒冷地適応性が高く、栽培期間も短いことから重宝されました。庄内地方にも、温海(あつみ)カブや藤沢カブなどの品種が残っています」
■在来作物は、おいしいから受け継がれている
カブは、古くからの焼き畑農法で栽培が続けられていることでも知られます。8月、1年で最も暑い時期に山肌を焼き、土が熱いうちにタネをまく焼き畑は、大変な重労働。収益も少なく、担い手が増えにくいなかでも伝えられてきたのは、なぜなのでしょうか。
「平地で育てたカブに比べて、断然おいしいからですよ(笑)。在来作物は形や品質がそろいにくくて育てにくいし、えぐみや苦み、辛みがあって個性的。それでもタネをとり、昔ながらの方法で栽培を続けているのは『おいしいから』。その地域ではなじみのある味であり、毎日食べても飽きない味だというんです。地元の人にとっては、生活に欠かせない食べ物として伝統的な郷土の文化と結びついているんですね」
かつて山形大学で在来作物の研究に大きな足跡を残した青葉高(あおば・たかし)教授(故人)は、在来作物を「生きた文化財」と評しました。在来作物には地域の歴史やそこに生きる人の知恵、栽培のノウハウが詰まっており、一度途絶えたら復活させられない地域の宝だという思いが込められているといいます。
「だだちゃ豆や温海カブのように、差別化できて販路や価格がある程度決まっている一部を除けば、手間のわりに収益が少ない作物を守っていくのは大変なことです。特にタネの継承には、タネとりを含む栽培技術の継承が必須。どんな株からどんなタネを選んで残すのかを見極めるには、知識と経験に裏打ちされた確かな選抜眼が必要です。でも農家の高齢化と後継者不足は深刻で、待ったなしの対策を求められています」
在来作物のタネの多くは、一般には販売されていません。これまでは個々の農家が自家採種を行い、次世代につないできました。
「在来作物のなかには、1軒の農家さんだけが細々と維持しているものもあり、後継者がいなければ途絶えてしまいます。実際、すでに失われた在来作物も少なくありません。
そこで現在は、県内の小中学校や農業高校では在来作物の意義を学び、栽培の取り組みを行っています。タネとりの文化は、在来作物そのものと併せて守られるべきで、さまざまな取り組みと努力によって、在来作物が未来に継承されればと思いますね」
※続きはテキストでお楽しみ下さい。
■『NHK趣味の園芸やさいの時間』2019年12月・2020年1月号より
* * *
■山形の「在来作物」とは、自家採種で世代を超えて栽培されている作物
山形在来作物研究会の会長として、在来作物(在来種と同義)の研究・保存に尽力している山形大学の江頭宏昌(えがしら・ひろあき)さん。山形県に多くの在来作物が現存する理由をお聞きしました。
「自家採種しながら世代を超えて栽培され、その地域に根づいた作物を、山形在来作物研究会では『在来作物』としています。在来野菜は在来作物に含まれます。地域にとってかけがえのない作物を広くとらえてもらうことが目的で、定義をシンプルにすることで対象品目を増やせるので、数は多くなるんです。いわば多様性を守るための定義です」
もう一つは地理的・気候風土的な要素。
「例えば県内で最も多く在来作物が残っているのは、日本海に面した庄内(しょうない)地方。ところが、同じ庄内でもコメどころの酒田には少なく、中山間地の多い鶴岡にはたくさん残っています。鶴岡周辺は水田を開くのに困難な地域も多く、適地を探りながら主に野菜の栽培をせざるをえなかったからです。
山形には在来作物のカブが20品種以上と、ほかと比べても多く現存しています。それはカブが、コメを食い延ばす『糧(かて)』だったから。夏に開花するイネの花を見れば、豊作か不作かがわかります。不作だとわかってから栽培を始めても冬に間に合うのが、ソバとカブ。カブは、ダイコンより寒冷地適応性が高く、栽培期間も短いことから重宝されました。庄内地方にも、温海(あつみ)カブや藤沢カブなどの品種が残っています」
■在来作物は、おいしいから受け継がれている
カブは、古くからの焼き畑農法で栽培が続けられていることでも知られます。8月、1年で最も暑い時期に山肌を焼き、土が熱いうちにタネをまく焼き畑は、大変な重労働。収益も少なく、担い手が増えにくいなかでも伝えられてきたのは、なぜなのでしょうか。
「平地で育てたカブに比べて、断然おいしいからですよ(笑)。在来作物は形や品質がそろいにくくて育てにくいし、えぐみや苦み、辛みがあって個性的。それでもタネをとり、昔ながらの方法で栽培を続けているのは『おいしいから』。その地域ではなじみのある味であり、毎日食べても飽きない味だというんです。地元の人にとっては、生活に欠かせない食べ物として伝統的な郷土の文化と結びついているんですね」
かつて山形大学で在来作物の研究に大きな足跡を残した青葉高(あおば・たかし)教授(故人)は、在来作物を「生きた文化財」と評しました。在来作物には地域の歴史やそこに生きる人の知恵、栽培のノウハウが詰まっており、一度途絶えたら復活させられない地域の宝だという思いが込められているといいます。
「だだちゃ豆や温海カブのように、差別化できて販路や価格がある程度決まっている一部を除けば、手間のわりに収益が少ない作物を守っていくのは大変なことです。特にタネの継承には、タネとりを含む栽培技術の継承が必須。どんな株からどんなタネを選んで残すのかを見極めるには、知識と経験に裏打ちされた確かな選抜眼が必要です。でも農家の高齢化と後継者不足は深刻で、待ったなしの対策を求められています」
在来作物のタネの多くは、一般には販売されていません。これまでは個々の農家が自家採種を行い、次世代につないできました。
「在来作物のなかには、1軒の農家さんだけが細々と維持しているものもあり、後継者がいなければ途絶えてしまいます。実際、すでに失われた在来作物も少なくありません。
そこで現在は、県内の小中学校や農業高校では在来作物の意義を学び、栽培の取り組みを行っています。タネとりの文化は、在来作物そのものと併せて守られるべきで、さまざまな取り組みと努力によって、在来作物が未来に継承されればと思いますね」
※続きはテキストでお楽しみ下さい。
■『NHK趣味の園芸やさいの時間』2019年12月・2020年1月号より
- 『NHK趣味の園芸やさいの時間 2019年 12 月号 [雑誌]』
- NHK出版
- >> Amazon.co.jp
- >> HMV&BOOKS