木村一基九段が今強い理由

左/木村一基九段、右/戸辺 誠七段 撮影:河井邦彦
第69回NHK杯1回戦第17局に登場したのは木村一基(きむら・かずき)九段と戸辺 誠(とべ・まこと)七段。山﨑和也さんの観戦記より、序盤の展開を紹介する。



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■46歳木村の充実

「まじめに喋(しゃべ)ってもいいんですかね」
インタビュー前、ユーモラスな表現で現場に笑いを起こしたその姿はまるで落語家のようだった。ファンサービスを意識した軽妙な振る舞いは、時に棋士であることを忘れさせる。カメラが向けられると流暢(りゅうちょう)な語り口で抱負を述べた。
今、木村一基がよく勝っている。木村は今年46歳になった。40代後半というと、記憶力や集中力が低下し、一般的には成績が落ちてくる時期だ。大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人のような大棋士でも45歳を過ぎると衰えが表れ始めていたという。しかし木村は9年ぶりにA級復帰、3年ぶりに王位戦挑戦の結果を残したのだ。
インタビューでは「いつまで満足いく内容のものが指せるか分からないままです」と恐縮した様子だったが、最近の活躍に誰もが一目置いたはずである。なぜ木村は結果を残しているのか。木村をよく知る弟子の髙野智史四段はこう推測する。
「現代将棋は薄い玉形が流行しているが、師匠は昔から薄い玉形を好み指し続けてきた。今の時代に師匠の棋風がマッチしているのではないか」
堅さからバランスへ。つい10年ほど前は堅さ第一主義で、玉を固めるだけ固めて攻め倒すのが流行していた。居飛車対振り飛車の対抗形でいえば、穴熊を見ない日はないというほどだった。しかし近年、コンピューター将棋の影響などで、居飛車穴熊に対する対抗策が増えてきたのを機に、居飛車もすんなりと穴熊には組みづらくなった。相居飛車でも、隙あらば急戦という将棋が増え、玉を固め合う将棋は珍しくなっていった。
バランス重視の将棋が増え、多くの棋士が感覚のズレを矯正していく中で、木村はこれまでの経験に基づく持ち前の感覚で他の棋士と差をつけていたのである。今、木村に時代の風が吹いている。この風向きが続けば更なる結果がついてくるだろう。

■超速対ゴキゲン中飛車

戸辺のゴキゲン中飛車に対し、木村は急戦を採用。玉が薄いので簡単ではないが、そこをまとめ上げるのが木村の強さだ。過去の対戦は2局あり、1勝1敗。2局とも木村の急戦、戸辺の中飛車の戦型となっている。本局も想定どおりなのか、序盤は両者とも時間を使わない。
木村の指し方は「超速」と呼ばれる作戦で、ゴキゲン中飛車に対する有力な対策とされている。一時と比べてゴキゲン中飛車が減少した理由のひとつだ。戸辺の対超速の成績もあまり芳しいものではない。今は戸辺にとって逆風の時代だが、それでも立ち向かう。


■攻めの木村

△2二角(2図)が戸辺工夫の一手。2筋の歩交換を許すので指しにくい手に思えるが、戸辺はこの形になれば指そうと考えていた。木村は角取りでない状態で▲4五桂と跳ねたが、△6三銀で戸辺の構想が見えた。次に△5四銀として4五桂を狙うのである。先手はそれまでに手段が必要。再度の▲2四歩から戦いを起こしにいく。
△7二金に代えて△2三歩なら▲3四飛と取る手が成立する。以下△4二金▲5五銀左△同銀▲同銀△同角▲同角△同飛▲3一飛成が、6一金に当たって厳しい。△4四桂(3図)まではこう進みそうなところ。

※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2019年10月号より

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