紙、その清らかさ

「未来」選者の大辻隆弘(おおつじ・たかひろ)さん(※)が講師を務める講座「私が出会った現代短歌」。今月は「紙」をテーマとした歌を紹介します。
※「辻」は正しくは一点しんにょうです。

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今月の題は「紙」です。和紙、印画紙、新聞紙、包み紙、手紙……みなさんの頭のなかには、白く、まだ何も記されていない無垢(むく)な紙のイメージが立ち上がってきたのではないでしょうか。
白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう

齋藤 史(さいとう・ふみ)『魚歌』



現代短歌に大きな足跡を残した齋藤史のもっとも初期の作品です。真っ白な便箋に書かれた手紙が届く。その白のまぶしさは、若い作者にとって春の到来を思わせるものだったのでしょう。春はあした確実に私の部屋にやってくる。その春を明るい気持ちで迎えるために、薄い窓ガラスも磨きあげておこう……。そんな心の弾みを感じさせる歌です。
この歌が作られたのは昭和時代の初頭。この当時としては斬新な文体が使われています。口語を大胆に用い、詩的なイメージを開放した歌は「モダニズム短歌」と呼ばれ、若者に大きな影響を与えました。
五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声

小野茂樹(おの・しげき)『羊雲離散』



まだ携帯電話がなかった頃の作品です。重い受話器の向こうから、聞き取りにくい遠い声で、作者の恋人が話している。その声は実に楽しそう。今日一日の出来事を、遠くにいる作者に向けて一生懸命語ってくれる。その声を聞きながら「ああ、この声はまるで五線紙にのりそうだな」と思ったという歌です。
声の主は少女でしょうか。その声はまるでソプラノのアリアのようにメロディアスです。声が遠くにあればあるほど、作者は、その背後にある恋人の息遣いのようなものを、よりなまなましく感じたのでしょう。小野茂樹は昭和11年生まれ。昭和45年、交通事故で亡くなった夭折(ようせつ)の歌人です。
■『NHK短歌』2019年9月号より

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