賀茂の競(くら)べ馬のころ

『NHK俳句』の講座「京ごよみ彩時記」では、「汀(みぎわ)」主宰の井上 弘美(いのうえ・ひろみ)さんが、京都の生んだ歳事や伝統工芸、料理などをご紹介しながら、季語の魅力を探ります。2019年5月の兼題は「筍(たけのこ)」です。

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四囲の山あをあをとある競馬かな

鈴木花蓑(すずき・はなみの)


新緑の京都を代表する祭といえば、五月十五日に行われる葵祭(あおいまつり)。王朝時代には祭といえば葵祭を指すほどに、隆盛を極めました。葵祭は上賀茂・下鴨神社の祭礼で、それぞれ前儀として下鴨神社では流鏑馬(五月三日)、上賀茂神社では競べ馬(五月五日)が行われます。
とりわけ、「競べ馬」は平安時代にさかのぼる歴史をもっていて、「天下泰平五穀豊穣」を祈願して行われたことが伝えられています。江戸期の俳人、素丸(そまる)も〈我恋ふる月毛のきみや競馬〉と詠んでいて、競べ馬が季語として俳諧の時代から親しまれていたことがわかります。この行事では、出場する十二頭の馬も、世話をする白丁(はくちょう)も、乗尻(のりじり)と呼ばれる騎手も、競べ馬に携わる人はすべて菖蒲を身に付けています。五月五日は「菖蒲の節句」でもあることから、武を重んじて「菖蒲」に「勝負」を掛けた厄除けです。
当日、参道には馬場が設けられ、二頭一組で約二百メートルの距離を競います。参道には「馬出しの桜」「見返りの桐」「鞭打(むちうち)の桜」「勝負の楓」が植えられていて、乗尻はそれを目印に馬を走らせるのです。乗尻は赤・黒を基調とする舞楽の衣裳を着ているので勇壮にして華麗。とりわけ第一組では赤組の乗尻が「見返りの桐」で鞭を水平にかざして振り向くことになっていて、その勇姿に観客席から喝采が湧きます。この乗尻が、同じ装束で葵祭の先導をつとめるのです。
競べ馬一騎遊びてはじまらず

高浜虚子(たかはま・きょし)


負馬の眼のまじまじと人を視る

飯田蛇笏(いいだ・だこつ)


競べ馬は神事なので、第一組では豊作をもたらす赤組の勝利が約束されています。何と、第一組は赤が走り出してから黒が走るのです。わずか二百メートルとは言え、地響きをたてて疾走する馬の迫力は圧巻。負けと決まった馬にも、惜しみなく拍手が送られます。
五日は「こどもの日」でもあることから、大人も子どもも、のどかで大らかな「競べ馬」を楽しむのです。
京都より筍着きて日は高し

高野素十(たかの・すじゅう)


 
朝掘りの竹の子の尻冷えまさり

石川桂郎(いしかわ・けいろう)


晩春から葵祭のころの京の食材といえば竹の子。京都は朝掘りの新鮮な竹の子で知られています。特に有名なのは京都市西部から乙おと訓くににかけての地域で、「白子たけのこ」と呼ばれる上質の竹の子がとれます。色が白く、刺身で食べられる柔らかさで風味豊か。手入れの行き届いた竹林が、この美味さを生み出します。秋から冬にかけて竹林に敷き藁をし、その上から土を入れるのです。この作業はかなり重労働だとのことですが、こうすることで土が柔らかくなり、美味しい竹の子がとれるのです。
素十の句は「京都」から竹の子が届いて、まだ「日は高し」と言っていますから、みずみずしい朝掘り「筍」が届いたのでしょう。夕食を楽しみにする気持ちが、言外に伝わります。桂郎の句は実感のある句で、「竹の子の尻」に着目。土から掘り出されたばかりの湿り気を「冷えまさり」と把握して、手触りとともに、生命力の塊のようなずっしりとした重さまで伝わってきます。


■選者プロフィール

いのうえ・ひろみ
昭和28年、京都市生まれ。「汀(みぎわ)」主宰。「泉」同人。早稲田大学教育学科修士課程卒業。武蔵野大学非常勤講師。俳人協会評議員。朝日新聞京都俳壇選者。句集に『あをぞら』(第26回俳人協会新人賞)、『汀』他。著書に『NHK俳句 俳句上達9つのコツ じぶんらしい句を詠むために』『季語になった京都千年の歳事』他。
■『NHK俳句』2019年5月号より

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