40代が強さ見せつけた第68回NHK杯戦

『将棋講座』2019年4月号には、第68回NHK杯戦準々決勝4局の観戦記を掲載しています。出場棋士8人のうち、5人が40代。観戦記者の後藤元気さんが、棋士の世代について綴ります。

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■世代の話

第68回のNHK杯戦も準々決勝を終え、いよいよクライマックスを迎えようとしています。
ベスト8まで残ったのは、20代が2人(豊島将之王位・棋聖、三枚堂達也六段)、30代が1人(広瀬章人竜王)、残る5人が40代(久保利明王将、羽生善治九段、森内俊之九段、丸山忠久九段、郷田真隆九段)という構成でした。
NHK杯戦は持ち時間10分、1分単位の考慮時間が10回という早指しです。そこらの縁台で指すのなら「そんなに考えてたら日が暮れちまうぜ」というくらいの長さですが、プロの対局は3時間〜6時間の持ち時間が大半なので、それに比べたら忙しくてしょうがない短さです。
一般的に早指しの将棋は若者の領分といわれています。若さは体力であり、瞬発力であり、向こう見ずの怖いもの知らずでもあります。それらの特性は、めまぐるしく状況が変化するNHK杯戦に向いているはず。
それなのに40代の棋士が勝ち上がるのはなぜなのか。実績からもこの世代が抜けて強かったというのは確かなのですが、もしかしたらそれだけではないのではないか――。
競馬の世界では、上がり3ハロンという言葉があります。1ハロンは約200メートル、上がりはゴールに向かう最後の部分。つまり上がり3ハロンとはラスト600メートルのことで、この部分のスピードが速い馬は「瞬発力がある」、「速い上がりが使える」と言われるわけです。このタイムは馬によって違い、最高で33秒を出せるか35秒までしか出せないかで戦略も変わってきます。
競走馬は1秒で6馬身ほど進むとされており、1馬身は240〜50センチほどだから、算数的な計算をすると1秒で15メートル近くの差になります。すなわち同じ位置からのヨーイドンでは上がりタイムが遅いほうが不利であり、そうならないように工夫しながらレースを組み立てていく必要がでてきます。
その方法は単純に残り3ハロンの時点で2秒分、つまり30メートル以上前に出ておくとか、相手がスムーズに速度を上げられないように狭いスペースに閉じ込めてしまうといったものがあるでしょうか。
40代の棋士も若手時分には瞬発力を生かした戦い方で上位陣を打ち破っていました。しかし年齢を重ねるとやはり最後の細かい読みの部分で正確さを欠く場面も出てきます。詰む、詰まないはそうそう間違えるものではなくても、その一歩手前の煩雑な速度計算は詰みの何倍も大変。それを補うような幅のある戦い方、つまり総合力で勝負するようになっているのかもしれません。
とかなんとか勝手なことを書いていると「何を言ってんだ。俺は瞬発力でも負けないよ」と郷田さんあたりにお叱りを受ける可能性も多々あり、またそうであると心強いというところもあり。
ともあれ来月号はいよいよ準決勝と決勝です。残った4人はみんな優勝経験者。しかも同学年なのだから驚いちゃいます。最終的にどのような結末を迎えることになるのか。今から楽しみでなりません。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2019年4月号より

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