「会う」ことを詠む

春は出会いの季節。「塔」選者の江戸 雪さんさんが、「会う」ことを詠んだ短歌を紹介します。

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生まれてから死ぬまでの間に私たちはさまざまな人と出会います。誰かに影響を受け、あるいは喜んだり哀しんだりすることは、自分が不完全ながらも〈生きている〉ということを実感する助けになるのではないでしょうか。私は、この〈生きている〉と感じることは詠うことの第一歩だと常々おもっています。
入学や就職など出会いの多い春。そこでこの四月は「会う」ということを考えながら短歌を読んでみます。
まばたきを忘れしごとき一瞬の交差点上の出会ひもはるか

尾崎左永子『椿くれなゐ』


遠い昔の出会い。「まばたきを忘れしごとき一瞬」は、スローモーションのように読者の胸に迫ってきます。「交差点上」はゆっくり立ち止まることの出来ない危うい場所。それがこの「出会い」をいっそう劇的なものにしています。さらに出会いから流れた二人のさまざまな時間も想像できます。出会いは一瞬であったけれど、それが永遠を呼びよせ、その人は作者の人生のなかで大きな存在となったのでしょう。だからこそ出会った一瞬が高揚感をもって思い出されているのかもしれません。
会うまでの時間と会いたるのちの日々ようやく釣り合うころ萩は咲く

永田 紅『春の顕微鏡』


出会いの不思議におもいを馳せます。出会ってからともに過ごした日々が積み重なり、やがて過去も現在もその人との関係のなかに受け入れることができる気持ちになったのでしょう。どれくらいの時間が経ったのかはわかりませんが、それはちょうど萩に繊細な花が溢れるように咲くころだったのですね。その着目がこの歌に充足感を生んでいます。さらによく読むと細かい表現の工夫があります。出会うまでにはただ漠然と「時間」があって、出会った後は共に過ごす「日々」があるという表現。ここに、出会ったその人が大切な人になっていく気持ちの微妙な遷移を感じとりたいとおもいます。
■『NHK短歌』2019年4月号より

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