米農家の台所

数多く持っている道具も調味料もきちんと収まり、出し入れしやすい台所。「料理へのモチベーションが上がるよう、できるだけすっきりさせています」。奥の扉の向こうが土間になっている。撮影:寺澤太郎
山崎宏(やまざき・ひろし)さん・山崎瑞弥(やまざき・みずや)さん夫妻は、江戸時代から続く米農家の6代目。「わが家にとっては灯台みたいなところ」と瑞弥さんが表現する山崎家の台所を見せてもらいました。

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苗を育て、田植えをし、ひたすら田んぼの草取りをしながら世話をし、無事に実った稲穂を刈り取って、出荷する。米農家として働く日々のなかで、自分たちが育てたお米こそが、力の源だと山崎さん夫妻はいいます。調理台には、白米と玄米の入った瓶が仲良く並び、残り少なくなると「奥の土間に行って精米して継ぎ足すんです」と宏さん。山崎家は玄関から土間、台所、そして横の作業台までひとつながり。ときに土間で出荷の準備をしながら、ときに横の作業台で事務仕事をしながら、同時に家事もこなしていくのだそう。
「毎日忙しいので、バタバタしています。それでもご飯は炊きたてを食べたいから、毎食パッと圧力鍋で炊いています」と、手早く今日のご飯を準備しながら瑞弥さんが話します。
お米農家として、おいしいご飯の味を伝えたいと、レシピ本を出したり、イベントをしたりと忙しく働くふたり。しかし、農業を引き継いだ頃は、ここまで順調ではありませんでした。3年前には水害にあって田んぼを手放そうと考えたこともあります。
「でも、手伝いに来てくれた友人たちにおむすびをつくると、みんなおいしそうに食べてくれるし、水害にあったお米でも欲しいと注文してくれたんです。夫は廃業なんて全然考えていないみたいで、黙々と作業をしていたし、さらには、倒れたはずの稲が起き上がってきていました。そんな姿を見ていたら、あー、私は1日でも長く田んぼで仕事ができるようにサポートするだけだな、と思ったんです」と瑞弥さんは当時を振り返ります。
元気に農作業するにも、出荷作業やイベントをするにも、資本となるのは体です。どんなに忙しい日も、つらいことがあった日も、ごはんをつくる。手間をかけなくてもいいから、炊きたてのおいしいご飯が食べられればそれでよしとしてきました。
「台所って、灯台みたいな場所だと思うんです。灯台って海がしけていても、なぎのときも明かりがともっていて、船の安全を守ってますよね。台所も同じ。家族が元気なときもそうでないときも、仕事が順調なときも疲れ果ててるときも、台所に明かりがついていれば『今日のごはん。なんだろうなぁ』って楽しみになるな、と」。確かに山崎家は、リビングが吹き抜けになっているので、台所にいながらどの部屋の気配も感じられます。2階で遊ぶ兄妹の声が聞こえ、時折「けんかはしないで」と瑞弥さんが声をかける場面も。そうやって灯台守のように家族を見守りながら、ごはんをつくり、洗い物をし、ちょっと仕事をしたり、片づけをしたりしてきたのです。
「お母さんひとりでがんばりすぎると疲れちゃうので、灯台守はそのときに余力がある人がやればいいと思ってます」と瑞弥さんが話す横で、宏さんがうなずきながら、おかずの準備を続けています。灯台が機能するには灯台守がいなければなりません。台所もしかり。ここを守る夫婦がいるからこそ、おいしいごはんが食べられ、健やかでいられるのです。さあ、子どもたちがお待ちかね。今日もおいしいごはんを家族みんなでいただきます。
※山崎さんの「崎」の正式表記は「たつさき」です。
■『NHK 趣味どきっ! 人と暮らしと、台所』より

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