性悪ヒロインのスカーレット・オハラが嫌われない理由

南北戦争終結後の混乱の中で、追徴課税により自らの生まれ育った屋敷〈タラ〉を手放さざるを得ない状況に追い込まれたスカーレット・オハラ。色仕掛けでレット・バトラーから金を引き出そうとしたり、妹の婚約者である財産家を略奪して金を巻き上げたりと、〈タラ〉を守るために、なりふり構わず金策に走ります。そんな性悪女であるにも関わらず、スカーレットは不思議と嫌われないキャラクターです。その理由を、翻訳家の鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)さんが考察します。

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ことほどさように、スカーレットはいわゆる性悪女です。利己的で傲慢、ちゃっかり屋でセンター気質(常に自分が一番の注目を集めていないと気が済まない性格)な上に、信仰心は薄く、殺人、嘘、略奪婚、盗み、恐喝、身売りと、手を染めていない悪事がないほど何でもやっています。
ところが、スカーレットは不思議と嫌われないキャラクターです。こんなにあこぎなヒロインが嫌われない理由として、一つには彼女の性格があると考えられます。恋愛小説のヒロインなのに、スカーレットは恋愛のことでうだうだ悩みません。結ばれない運命に悲観して哲学的なことを考える、などということは一切ない。思い立ったらすぐ行動し、ドカンと派手に撃沈する。スカーレットはこれを繰り返すのです。そして、一晩寝たら立ち直る。このあたりは、現代の女性の共感を大いに得るところではないかと思います。たとえ前の晩に失恋しても、翌朝十時になったら部下たちのいる会議に出て指揮を執る、あるいは上司の下で厳しく指示を出されながらきびきびと働く————。そんな女性の多くは、「面倒なことは明日考えよう」が口ぐせで、パッと立ち直ってはまたバリバリ働き、目の前にある問題を次々と解決していく、竹を割ったような性格のスカーレットに好感を抱くのではないでしょうか。
もう一つの嫌われない理由は、彼女が彼女なりに成長していくということです。物語の途中までは甘ったれで世間知らずだったお嬢さんが、やがて〈タラ〉の一家(と言っても半分以上は血がつながっていない人たちですが)の生活を担うようになり、彼らを「ファミリー」と呼んで必死で守ろうとする。こうした姉御肌の部分にも、読者は惹きつけられると思います。
しかし、スカーレットが嫌われない一番の理由は、作者マーガレット・ミッチェルの文体にあるのではないかというのが、今回のわたしの一番大きな“発見”です。語り手は、しじゅうスカーレットに共感を寄せて語ります。「そうよね、そうよね」と言うように彼女の気持ちを優しく表現しながら、最後には「何言うてんねん!」とばかりに、彼女のいけずぶりを暴露したり辛辣に批評したりする。わたしはこれを「ボケとツッコミの文体」と呼んでいるのですが、ミッチェルの場合はこの間合いが絶妙なのです。
※ボケとツッコミ文体の妙技については、実例を挙げてテキストでご紹介しています。
■『NHK100分de名著 マーガレット・ミッチェル 風と共に去りぬ』より

NHKテキストVIEW

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』 2019年1月 (100分 de 名著)
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