ユングの「夢分析」

イメージを軸として展開されるユング派の心理療法の中でも、治療手段として特に重視されているのが「夢分析」です。臨床心理学者・河合隼雄は、著書『ユング心理学入門』の中で、意識と無意識が交錯する夢の世界は、イメージの宝庫だと指摘しています。
夢を分析することの意義や、そこからどのようなことが理解されるのかということについて、本書では二十代の女性の夢を引いて解説しています。京都大学教授・臨床心理学者の河合俊雄(かわい・としお)さんと一緒に読み解いてみましょう。

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《夢》 電話が鳴る。電話に出たが相手の声が小さいのでわからない。もう一度聞き返すと、小さいつぶやくような声で、「こちらは幽霊協会です」という。私が幽霊など全然信じないというと、相手は「あなたは幽霊新聞の最新号をお読みになりましたか。まあ、ともかく、あなたはとがった硬い鉛筆さえあればいいのでしょう」という。私はまったく腹を立てて、「私は幽霊も信じないし、とがった硬い鉛筆など大嫌いだ」という。相手はなおも話し続けようとするが、私は電話を切ってしまう。
この女性は、普段から感情表現が極端に乏しく、タイプ論的にいうと典型的な思考タイプです。電話をかけてきたのは、彼女の自我に接触を図ろうとする無意識─抑圧されてきた強い感情機能でしょう。直接会いに来たわけではなく、また、その声がつぶやくように小さいことから、自我との接触にはまだかなりの困難があることがうかがえます。
思考機能に強く依存し、合理的に生きてきた女性が、「幽霊協会」を名乗る電話の主に腹を立てるのは無理からぬことです。しかし、敵も簡単には引き下がりません。新聞の最新号を読んだかと切り返しているのは、思考タイプの女性が新聞記事を頼りとして物事を考えたり、判断したりしていることを見抜いているようにも受け取れます。電話の主が冷やかすように指摘した「とがった硬い鉛筆」は、知性の鋭さというこの女性の武器を表わすイメージとしてふさわしいものであろう、と著者は分析しています。
ここでもう一つ注目したいのが、夢の中の彼女の反応です。「とがった硬い鉛筆など大嫌いだ」と八つ当たりして、電話を切ってしまいました。思考型の彼女が感情的に反応していること、しかしながら結局は電話を切り、接触を断ってしまったということは、感情機能のかすかな発露は見えつつも、これを発達させていくことがまだまだ難しいことを物語っていると著者はいいます。
この夢は彼女の心の状態を相当生き生きとわれわれに伝えてくれる。(略)夢はそのときの意識に対応する無意識の状態が何らかの心像によって表現した自画像であるともいうことができる。
夢から得られた自画像(心の状態)を注意深く検討し、これを意識の核となる自我に統合して、発展させていくことが夢分析による心理療法の要諦です。夢のイメージがもつ意味を理解することには、大変な困難もあります。しかし、著者も述べている通り、「このような表現がわかり出すと、その生き生きとした表現力や、適切さには心を打たれる」ことが多く、意識と無意識の相互作用から生み出される夢の、建設的な役割や力を実感せずにはいられません。
■『NHK100分de名著 河合隼雄スペシャル』より

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