映画業界で活躍するすごい映画人に、「仕事としての映画」について語っていただくコーナー。今回は、2014年より自主上映・配給の道を歩んできたグッチーズ・フリースクールの主宰、降矢聡(ふるや・さとし)さんとのインタビューの後編をお届けします!(前編はこちら)
前編では、降矢さんの映画との関係性から、初の上映企画に至るまでの道のりを追いました。後編では、100ページ以上にもおよぶ"冊子"を作品の上映時に用意したワケから、近年の活動や今後の目論みなどをお聞きします。
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100ページ超えの"冊子"をつくったワケ
活動をはじめて、約2年。グッチーズ・フリースクールでは初の映画祭「青春映画学園祭」を催すこととなる。これにあわせて誕生したのが、「ムービーマヨネーズ創刊号『青春映画特集』」という自主出版の冊子だ。
冊子といっても、ページ数は100強。約200本の青春映画を徹底解説しながら、サントラやファッション、建築などの観点から青春映画をとことん掘り下げた。ここまで愉快に(だけれど至って真面目に)映画にまつわる文化・歴史・人物・コトが炸裂しているワケには、降矢さんが映画の「広がり」に関心を向けてきた、ということが影響しているようだ。
「映画を1本だけ楽しむというよりも、もうちょっといろんな広がりが感じられる作品を上映したいなとは思ってきました。
たとえば『アメリカン・スリープオーバー』は、これをきっかけに新しい青春映画ができていくんじゃないかと思えた作品でした。『この作品を紹介することによって、アメリカのインディペンデントの流れをあらためて見直すきっかけになるかもしれない』『エポックメイキング的なものになるかもしれない』。そういうことを少しでも感じられる作品はやる意義がとってもあるんじゃないかと思っています。
同時に映画を1本だけ上映して終わるとつまらないなというところで、基本的に作品や特集にあわせて、毎回分厚い冊子のようなものをつくるようにしていました」
『ムービーマヨネーズ』はマニアックな情報も満載だが、映画上級者向けというよりも、むしろポップで軽やかだ。ここには寄稿者の雑多さや降矢さんの遊び心も影響しているよう。
「もちろんプロで活躍されている方にもお声がけしつつ、映画の仕事をしていなくても異様に映画が詳しい人----たとえばアメリカのシットコムめちゃくちゃ好きなんですとか、これならむちゃくちゃ知ってますって人、いるじゃないですか----にも関わってもらっています。なのでバラエティーに富んでいて読みやすいけれど、書いている人たちの知識がしっかり詰まっているものもあったり、がっつりとした学術論文が『ここにあるの、おかしくない?』みたいな位置にぽんと載っていたりします(笑)」
次なる映画祭「傑作?珍作?大珍作!! コメディ映画文化祭」(2018年開催)には『ムービーマヨネーズ2号 コメディ映画特集』が刊行され、『アザーミュージック』(2019年)と『サポート・ザ・ガールズ』(2018年)の公開記念には、『ムービーマヨネーズ3号 特集:映画とお仕事』(2022年)が刊行された。後に、そのずば抜けた編集が映像やアートの書籍を多く出版してきたフィルムアート社の目に留まり、『USムービー・ホットサンド 2010年代アメリカ映画ガイド』(2020年)と『ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト 女性たちと映画をめぐるガイドブック』(2024年)を一緒につくることにもなった。
出版物の制作は配給の仕事と並行して行ったという降矢さん。作業についてはどう感じていたのだろうか。
「自分で書いたり、『こういうページを作りたいんです』と執筆者の方にご相談して、原稿を書いてもらい、詰めたり整えたりしていると、結構時間もかかります。編集が一番大変かもしれないですね。でも基本的には好きなことをやっているので、調べるのも楽しいです。そういう感じはありますね」
悲しいこともあるが、やりがいもある
最近では大小含めて年に10作品ほどの配給や宣伝に関わり、大忙しの降矢さん。活動をはじめて10年以上の月日が経ったいま、トラブルとは無縁......!そう言えたら最高だが、なかなかそうもいかないようだ。
「さすがにもう何も起きないだろうと思ってると、毎回何かが起きるんですよね(笑)」
映像データの音声トラブルが発生することもあれば、心を踊らせながら上映企画を練ったはいいが、作品の権利元からまるで連絡が返ってこないこともある。ようやく返事がきたと思ったら、権利料が想像を超える額で泣く泣く諦めることに......そういった悲しいハプニングはつきものだという。
それでもやりがいはある。
「『あの作品、日本には来ないのか!?』『DVDもスルーなのか!?』と思っているタイプだったので、『これ、劇場で観たかったんです!』と言ってもらえるのはやっぱりやりがいというか、モチベーションにつながっていますね」
また、これまでは主に自分から劇場に作品を「かけてくれませんか?」と売り込んできたものの、最近では劇場側から「この作品をやりたいんだけど、手伝ってくれないか」と声をかけられるようにもなった。
そうして走り出しているのが、劇場らしさを引き出す作品や特集上映をいっしょに実現する、ミニシアターとのコラボ企画。まず上映したい作品を劇場からヒアリングし、作品が決まったら買い付けから権利交渉、字幕付けまで行い、必要であれば宣伝にも関わる。企画をすでに実施している劇場には、京都シネマ(※1)やシネマート新宿(※2)、Stranger(東京・菊川)(※3)などがある。この企画も、最近の大きなやりがいとなっている。
※1:2023年より「きょうとシネマクラブ」を共同開催。最新のvol.5では、ガス・ヴァン・サント特集を開催。
※2 :2025年より特集上映「コケティッシュ・ゾーン」を共同開催。2025年5月よりVol.2も開催され、ジョン・ウォーターズ監督のカルト作品『ピンク・フラミンゴ』などが上映される。
※3:2025年6月より、ヴィンセント・ミネリ特集を共同開催。
「ミニシアターは、大きかったり派手だったりする作品からこぼれ落ちたものでも、『絶対にそれを必要としている人間がいる』というところで、映画を観せてきてくださった劇場さんだと思っています。そういった映画を求める人たちの場所であり続けながらも、映画好きのファンたちを今後もずっと育てることが大切だと思うので、ミニシアターを維持する大きな流れの一つの手助けになればいいなと思っています」
縦横無尽に活躍するグッチーズ・フリースクールのこれから
予期せぬ声掛けから企画した上映会を皮切りに、映画祭の開催、配給に出版、ミニシアターの特色を一層引き出すコラボ企画の実施まで、いまや映画上映・配給というフィールドを縦横無尽にかけめぐる降矢さん。
ただ、やりたいことや目標をこれまで細かく決め込んできたわけではないそうだ。「絶対にこの作品やるぞとか、ここまで大きくするぞっていうのはこれまでもなくて」と振り返る。
フォーマットを崩さず何かを突き詰めるよりも、「ここでそれ、しちゃう!?」と意外性を連鎖させていくことにむしろ楽しさを覚えるという。
それこそ最初に背負った「青春映画専門」という印象は、「傑作?珍作?大珍作!! コメディ映画文化祭」の開催で軽やかに覆し、「コメディ専門」とラベリングされてしまう前に、日本ではなかなか上映されてこなかったクラシック映画のDVD化に踏み込んだ。
今後は自主上映をもっと気軽に試せるような状況をつくり「自主上映友達」を増やしたり、若手の映画批評家や映画ライターとともに、批評を盛り上げる上映会もしたりしてみたいという。
系統にも手法にも縛られず、映画の世界でいろんなことをやってみたい。そう思うのなら、降矢さんの軽やかな姿勢はぜひ脳内にメモしておきたいところだ。
▲F・W・ムルナウ監督『都会の女』のDVD発売を発表したときの投稿記事
最後に、自主配給にはどんな人が向いているのかを聞いてみた。
「これが上映したいという強い思いがある人は向いている......というか、できます!権利料も、1回の上映だと200ドルとか300ドルくらいなので、飲み会を何回か我慢したり、何人かで買ったりしたら、1人1万円とかで権利を買えちゃったりします。なので、ぜひ気軽にやるといいと思います。
旅行の計画を立てるのと結構似てると思うんです。旅行するときって、この店に行って、こういうものを食べてって感じで計画を立てていくじゃないですか。
上映企画もこの作品とあわせてとか、この時期にこんな場所でやったら最高だよね、とかを考えるので。旅行をする代わりに、上映イベントの企画を立てると楽しいと思いますよ。その映画が話題になったら県外で上映して旅行できるかもしれませんしね! 自費ですけど(笑)」
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旅行をする気持ちで、作品を上映してみる。降矢さんは最後まで軽やかな方でした。あれこれ思い悩む前にまずはやってみる。そんな精神で、大好きな作品の上映会をさらっと開催してみてはいかがでしょうか。降矢さん、お話しいただき、ありがとうございました!
この記事におさまりきらなかったグッチーズ・フリースクールのこれまでの活動は、ぜひ公式サイトからご確認ください。
グッチーズ・フリースクール公式サイト:
https://gucchis-free-school.com/
(取材・文/鈴木未来)