釈迦入滅後に仏教はどう変わったか【前編】

仏教は釈尊滅後500年の間に大きく変容しました。何がどう変わったのか、仏教思想研究家の植木雅俊(うえき・まさとし)さんが、具体的なポイントを五つ指摘します。

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■1 修行の困難さの強調と釈尊の神格化

原始仏教の経典『スッタニパータ』では、覚りは「まのあたり即時に実現され、時を要しない法」とされていました。生まれ変わって長年修行する必要などなく、今すぐあなたは覚ることができます、という即身(そくしん)成仏、一生(いっしょう)成仏が説かれていました。ところが部派仏教の時代になると「歴劫修行(りゃっこうしゅぎょう」という言葉が出てきます。「劫」というのは天文学的に長い時間の単位のことで、非常に長い時間をかけて修行をしてやっとブッダになれるということを意味する言葉です。その長さは具体的には「三阿僧祇劫(さんあそうぎこう)」とされ、これは現代の数字に換算すると、私が計算したところでは3×10の59乗×10の24乗年、すなわち3のあとに0が八十三個続くという膨大な年数でした。そんな、想像を絶するような長い時間をかけて修行して、釈尊はやっと仏になったのだと神格化したわけですね。釈尊を祭り上げることによって、ついでに自分たち出家者を、それに次ぐ者として権威付けしたのです。

■2 釈尊の位置づけの変化

原始仏教の経典を読むと、釈尊自身が「私は人間である」「皆さんの善知識(ぜんちしき/善き友)である」と言っています。「ブッダ」はサンスクリットで「目覚めた」という意味の言葉ですが、原始仏教の経典では複数形でも出てきます。つまり、ブッダは釈尊だけではなかったのです。また弟子たちも、釈尊に「ゴータマさん」と気軽に呼びかけ、「真の人間である目覚めた人」とも呼んでいました。そこにあるのは人間としてのブッダ=釈尊の姿です。
ところが、説一切有部の論書ではそれが「私は人間ではない、ブッダである」という言葉に変わります。部派仏教においては、釈尊は三十二相という特徴を持つとされます。例えば眉間白毫相(みけんびゃくごうそう/眉間の白い巻き毛)、手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう/手足の指を広げると指の間に水かきがある)、正立手摩膝相(しょうりつしゅましそう/気をつけの姿勢で指先が膝より下まで届く)などで、そうやって釈尊を人間離れした存在に祭り上げたのです。また、説一切有部の論書には「私を長老やゴータマなどと呼ぶ輩は激しい苦しみを受けるであろう」という言葉を、釈尊が語ったかのようにして書き足しています。説一切有部が「菩薩」という言葉を発明し、それを釈尊に限定したのは、さきほど説明した通りです。

■3 覚りを得られる人の範囲

原始仏教では、出家・在家、男女の別なく覚りを得ていました。釈尊が初めて教えを説いたときのことが、「そのときじつに世に五人の尊敬されるべき人(阿羅漢〈あらかん〉)あり、世尊を第六とする」と記されています。阿羅漢とはサンスクリットのarhat(アルハット)の音写で、もともとはブッダの別称でした。ですからこの五人は覚りを得たということです。そして六番目が世尊、つまり釈尊だと言っている。しかも覚りの内容は、釈尊の場合も五人の場合も同じ表現で書かれています。
また、在家のままで聖者の最高の境地に達した王について、森林に住んで精励する必要はなかったという記述も原始仏典に見られます。そして、女性ももちろん覚りを得ていました。弟子の阿難(あなん/アーナンダ)が釈尊に「女性は阿羅漢に到ることができるのですか」と聞いたとき、釈尊は「女性も阿羅漢に到ることができます」と答えています。女性出家者の体験を綴った詩集、拙訳『テーリー・ガーター 尼僧たちのいのちの讃歌』(角川選書、2017年)を読むと、「私は覚りました」「ブッダの教えをなし遂げました」「私は解脱(げだつ)しました」とみな口々に語っています。
ところが部派仏教になると、ブッダに到ることができるのは釈尊一人だけということにされてしまいます。出家者も阿羅漢にまでしか到ることができないとして、ここで阿羅漢のランクをブッダより一つ下げるという操作がなされます。
もともとはブッダも阿羅漢も同列でしたが、阿羅漢をワンランク下げることで、「出家者は阿羅漢にまでは到ることができる」としたのです。そして、在家者は阿羅漢に到ることもできないし、女性は穢(けが)れていて成仏もできないと言い始めました。これは、小乗仏教の差別思想でした。
■『NHK100分de名著 法華経』より

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