小林泉美六段の「強情な一手」

撮影:小松士郎
着物姿でNHK杯に登場し、全国の囲碁ファンの応援を集めた小林泉美(こばやし・いづみ)六段。囲碁が生活の中心にあった当時のこと、張栩九段とご結婚され「お母さん」になった今の、囲碁への感謝の気持ちを語ってくださいました。

* * *


■目いっぱいに頑張る棋風

2002年のNHK杯、羽根直樹天元(当時)との一局から今回の一手を選びました。実は、選ぶにあたっていくつか候補の棋譜を並べていたのですが、知らない間に主人(張栩九段)も調べてくれていて、この一局を、「強情な一手」というネーミングまで推薦してくれました。いい意味で強情だと思うことにして(笑)、今回の一手に決めました。
また、NHK杯はこの対局まで5勝5敗と、とてもいい成績を残せていました。そのことも、この対局を選んだ理由の一つです。NHK杯では、初出場が決まったときから「全国の囲碁ファンの方に見ていただくチャンスなので、礼を正して対局に臨んでほしい」という父(小林光一名誉棋聖)の勧めがあり、毎回着物を着るようにしていました。はかまは母(故・小林禮子七段)が身に付けていたものです。正装すると、やはり、とても気持ちが落ち着きましたね。
当時は「頑張る棋風」で、いつも目いっぱい頑張っていました(笑)。父の教えを受けていたので、父のようなバランスの取れた碁を打ちたいという願望はあったのですが、盤面を見ると、どちらかというと母の影響を受けていたような気がします。
女流本因坊、女流名人を取ったころは若かったですし、生活のすべての中心に囲碁があるという感じでした。その結果優勝できたことはとてもうれしかったですし、充実していましたね。一般棋戦も女流棋戦も変わらぬ目の前の一局ではあるのですが、でも、一般棋戦で活躍することは目標でもありますし、いつも「頑張るぞ!」と思っていました(笑)。
今回の対局のお相手の羽根直樹天元は、名古屋の棋士なので交流することは少なかったのですが、タイトルホルダーですし人格もすてきで、本当に憧れの棋士の一人でした。ですから、もう「羽根天元と打てる」ということが、私にとってはご褒美みたいな感じでした。勝ち負けは度外視して、自分の力を出し切れたらいいなという気持ちで対局に臨んだことを覚えています。
こちらが局面図です。お互いの石が裂かれて戦いの碁になっています。

黒23とツメたときに、白は手を抜いて、24と左下の黒一子を制してきました。これは大きな手です。
白は左辺に二つ弱い石があるのですが、先に利を得て、手を渡してきたのです。
黒としては、左辺か左上の白に何か仕掛けたいところ。先に攻めて流れをつかみたいなという局面です。
第一感としては、1図の黒1とノゾく手が思い浮かびます。もし、白2とツナいでくれれば、黒3と真ん中を封鎖できます。こうなれば、左辺の白を取れることはないと思うのですが、小さく生かしたあとに、また左上の攻めに回ることになり、黒の流れがとてもよいのですね。

ただ、実際には、白2とツナいでくれません。2図の白2とブツカってきそうです。白4までのように、簡単に中央に頭を出されてしまいますので、これは黒が失敗です。

隅の白を攻める場合、3図の黒1のスベリは、白2と普通に受けられていてうまくいきません。 のようにトバれていますので、左上の白に対して、黒からこれ以上厳しい攻めはないのです。

4図の黒1の三々も、黒7まで隅を荒らすことはできますが、白8と打たれて、簡単に左辺の白と連絡されてしまいます。

そこで、私の打った一手は、5図の黒25のノゾキです。

そして、6図の白26とツナいだときの黒27の三々が、私にとってはノゾキとワンセットの大事な手でした。この白を絶対に攻めるぞという、とても「強情な」打ち方です。今改めて見ても、私らしさが出た一手だったなと思います。

6図に続いて、7図の白28に黒29とツナいだとき、白も打ち方が難しいところですが、実戦は白30とサガりました。

黒33まで、黒は上辺がつながりました。こうなると、3図では攻められそうになかった左上の白が棒石です。
一眼もない形で、黒から攻めが期待できますので、「強情な」作戦が成功した進行となりました。
この対局は、この局面から流れがよくなり、5目半勝つことができました。でも、勝てるとは思っていませんでしたし、打っているときは無我夢中でしたので、終局したときはびっくりしましたし、もちろん、とってもうれしかったです。父も「泉美はNHK杯に強いなあ」と驚いていました。まだ結婚前でしたが、主人も驚いていて「これから羽根さんと打ちにくいなあ」と言っていました(笑)。

■感謝の気持ちを持ち続けて

この対局は、大一番で自分の実力以上を出せたという意味でも、自信につながりました。次の年には、目標にしていた一般棋戦での本戦入りもできて、この一局の自信がつながったのかもしれないと思います。
その後、二人目の子どもが生まれ、手合を休むことにしました。当初は、私にとって対局がすごく大事なものだったと気付かされ、打てなくなった寂しさがありました。でも今振り返ると、よい決断だったのかなと思います。手合に復帰したときは、本当に長い間打っていなかったので、「怖い」というのがいちばんの気持ちでした。でも実際に打ってみて、やはりこれが自分だな、本当に楽しいなと思いますし、囲碁以外のことに触れてきたおかげで視野が広がり、それがまた囲碁に生きるんじゃないかと信じています。打てることが当たり前だったのですが、今は打てることに感謝できます。この心を持ち続けて打っていきたいですね。囲碁も人生も、私にとっては一緒のところもあるのですが…いい手も悪い手もあるでしょうが、後悔しない一手を打っていきたいと思います。
※この記事は10月29日に放送された「シリーズ一手を語る 小林泉美六段」を再構成したものです。
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