菅井王位vs.ハッシー 意外な角換わり

左/橋本崇載八段、右/菅井竜也王位 撮影:河井邦彦
第67回 NHK杯戦 2回戦 第11局は菅井竜也(すがい・たつや)王位と橋本崇載(はしもと・たかのり)八段の対局だった。北野新太さんの観戦記から、序盤の展開を紹介する。

 



* * *


■新王位の角換わり

真新しい熱のようなものが控え室に残っていた。先般に行われた森内俊之九段対藤井聡太四段戦の余韻である。何しろ9年ぶりの生中継だったのだ。スタッフの表情には非日常の高揚が今も見て取れた。
菅井は同じ井上九段門下で本局の解説を務める船江(恒平六段)と談笑している。話の途中、9年前に生中継された第57回決勝・佐藤康光二冠対鈴木大介八段(いずれも当時)戦の話題になった。菅井は「あの▲1六角(A図)の将棋ですよね」と笑みを浮かべる。膨大な記憶のファイルから瞬時に一局面を取り出す特殊能力を持つのが棋士と呼ばれる人々である。


A図は以下△5二金▲3四角。後手の美濃囲いの連結を崩しつつ歩得する。見た目は派手だが、実利ある一着だ。激闘の末に連覇を達成する佐藤の決断は、当時奨励会三段だった菅井の心に響く鮮烈な一手だった。
「あの局面で端角を打ったので『ええっ!』と思ったんです。今では将棋ソフトの指す手として部分的にはあるんですけど、当時は全く認識のない指し方でした。本当に強い人は、ああいう手が指せるものなんだと思ったことを覚えています」
一方の橋本は、記録係が棋士名を記入し始めた空白の棋譜用紙をじっと見つめている。そして(大多数の将棋ファンが注目する)事前インタビュー収録のためスタジオに向かう。
「私もだいぶNHK杯戦に出させていただいて、長いなあという感じで。初出場のとき(2002年6月)、藤井四段は生まれていませんからね(同年7月生まれ)。もう中堅だなあって」
味わい深い言葉だった。誰かの真似(まね)をしなくても、金髪に紫シャツでなくても、橋本には揺るぎない個性がある。自らの言葉と態度を大切にする姿勢である。
対局開始。菅井は2手目△8四歩で居飛車を明示。角換わり(1図) に進む意外な序盤となった。

 


橋本は腰掛け銀における流行型▲4八金・▲2九飛型に構えると、▲9五歩(2図)と端を突き越して位を生かす方針を採る。「まだ見習い中で経験値の浅い形ではあったんですけど」

 



■跳躍する右桂

25歳の青年が念願の初タイトルを獲(と)り「菅井王位」となって2局目の将棋である。「もちろんうれしい結果を出せた喜びはありますけど、僕のことを応援し続けてくれた方に喜んでいただいたのが何よりうれしかったです」と言ったあとで「(四段昇段から)8年もかかってしまったという思いもあります」と正直に語るのが彼らしい。
独創的な振り飛車の序盤戦術で羽生善治前王位を翻弄した菅井は、なぜ本局で居飛車を選んだのだろう。「早指しでの相居飛車戦はどうしても攻め合いになります。橋本先生の棋風を考えると振り飛車を押さえ込まれたら厳しい。勝算を考えての選択でした」
現代角換わりでは右桂の2度目の跳躍が主導権を占うケースが急増中だ。菅井は橋本の▲4五歩の仕掛けを手抜いて△7五歩から△6五桂と跳ねて攻勢に出る。橋本が受け、菅井が攻める。棋風どおりの展開になった。
3図では本譜の▲6四角成を保留して▲8六歩△同飛▲8七銀と受けておく選択肢もあるが、後手が△同飛成と飛車切りを決行した場合に▲同金△8六歩▲同金△7七銀▲8七金△6八角▲6九玉△5七角成▲同金△同桂成で寄り筋という順も感想戦では検討された。

 


4図からの△7七歩には、代えて△8六歩▲7六銀△8七角の強打もある。早くものっぴきならない展開である。

 


※投了までの記譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
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