限られた時間の中で果たす重大な役目とは? 生き物にプログラムされた死にざま
- 『生き物の死にざま』
- 栄洋, 稲垣
- 草思社
- 1,492円(税込)
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人間に限らず、生き物はいつか死を迎える。しかし、その実態を知る人は少ないだろう。夏になればよく見かけるセミの死骸も、なぜ仰向けで落ちているのかを説明できる人は少ないのではないだろうか。
セミは死期が近づくと、木に掴まっているだけの力を失う。そして硬直すると脚が縮まって関節が曲がるため、地に足を着けて体を支えられなくなり、ひっくり返ってしまうのだ。あとはただ死を待つだけになる。
今回ご紹介する『生き物の死にざま』(草思社)では、セミのような身近な生き物から深海の生き物まで、さまざまな生き物の生と死が紹介されている。人間に比べれば寿命の短い生き物たちだが、死を迎えるまでの時間は壮絶だ。
セミは短命として知られるが、成虫になってからどれだけ生きられるのか、実態は明らかになっていない。最新の研究では1カ月程度生きるのではないか、ともいわれている。しかし成虫になったセミは役目を終えれば死を迎えるようプログラムされているため、ただ長く生き続けることはない。
「オスのセミは大きな声で鳴いて、メスを呼び寄せる。そして、オスとメスとはパートナーとなり、交尾を終えたメスは産卵するのである。
これが、セミの成虫に与えられた役目のすべてである」(同書より)
セミ以外にも、役目を果たせば命が尽きる生き物がサケだ。
「サケは繁殖行動が終わると死ぬようにプログラムされている。(中略)そして、無事に繁殖行動を終えたとき、その運命を知っていたかのように、サケたちは静かに横たわるのである」(同書より)
そもそもサケは、繁殖地である故郷の川に向かうというかなり過酷な旅をしなければならない。多くのサケは、旅に出ても目的地に辿り着くまでに力尽きてしまう。
また産卵後に力尽きる生き物もいるが、卵が孵るまで守り続けるケースもある。例えばハサミムシのメスは産んだ卵を自らの体で守り、危険が迫ればハサミを振り上げて威嚇する。そして卵にカビが生えないように舐めたり、空気に当てるために位置を替えたり、こまめに世話をする。
「子育てをすることは、子どもを守ることのできる強い生き物だけに与えられた特権である。そして数ある昆虫の中でもハサミムシは、その特権を持っている幸せな生き物なのである」(同書より)
そして最期は、卵から孵ったばかりの幼虫の餌になるのだ。自力で餌を取れない幼虫にとって死活問題なのは理解できるのだが、ずっと世話をし守り続けてきてくれた母親を食べるという行為には背筋が冷える。逃げるそぶりも見せず、食われ続ける母親の存在も強烈だ。
ハサミムシ同様、子育ての特権をもつ生き物としてタコも挙げられる。タコは一生の間で一度きり交接をおこなう。メスをめぐるオス同士の戦いは熾烈を極め、時には足や胴体がちぎれるほど激しいものになる。
そして生涯一度きりの交接を終えたオスは、プログラムされた通りに命を落とすのだ。そのため、卵を守るのはメスの役目になる。タコのメスは孵化まで巣穴の中で卵を守り続けるが、その期間は1カ月から10カ月にも及ぶといわれている。
卵を守っている間、メスは餌を獲りに行くこともなく、片時も卵から離れない。こまめに世話をしながら卵を守り続ける。餌を食べないのだから、メスは次第に弱っていく。それでも母ダコは卵に水を吹きかけ、子どもが卵を破る手助けまでする。
「卵を守り続けたメスのタコにもう泳ぐ力は残っていない。足を動かす力さえもうない。子どもたちの孵化を見届けると、母ダコは安心したように横たわり、力尽きて死んでゆくのである」(同書より)
命懸けで守った子どもたちも、多くは幼いうちに強者に食べられると思うと、より一層母親の献身が切なく感じられる。
一方で、死なない生き物が存在するという。ベニクラゲというクラゲの一種で、クラゲが誕生した5億年前からずっと生き続けているのではないか、という説もある、とんでもない生き物だ。
一般的にクラゲはプランクトンから始まり、ポリプやストロビラと徐々に形を変えてクラゲへと成長していく。死が訪れたと思われたベニクラゲは、ポリプへと若返り、何度も成長を繰り返すのだという。
不老不死とも呼べるベニクラゲの研究者の中には、メカニズムを解明し人間に応用できないか考える人もいるそうだ。
しかし、プログラムによる死はなくても終わりの時は訪れる。
「突然、ベニクラゲの体は海の中へと引きずり込まれた。そう思うが早いか、ベニクラゲの姿は一瞬にして見えなくなってしまった。ウミガメである。(中略)寿命がないベニクラゲにとっても、死はすぐ隣にあるのだ」(同書より)
人間の理解を超えた存在も、呆気ない終わりが訪れる。さまざまな生き物の死にざまを知ると、生と死の見方が変わるかもしれない。