一粒のサプリメントが一流ホテルのモーニングに!? 脳と人工知能の最新研究がもたらす映画のような未来

脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線
『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』
紺野 大地,池谷 裕二
講談社
1,760円(税込)
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 あなたはきっと、映画やアニメなどで「ロボットが人間と共存し、ときにサポートしてくれる」という場面を見たことがあるだろう。『ドラえもん』(テレビ朝日系)は、その典型的な作品である。あるいは『マトリックス』のように現実だと思っている世界がバーチャルで、本物の肉体は機械につながれて座っている......。本当にそんな世界が、未来には待っているのだろうか?

 近い将来、人工知能(AI)が人間の仕事を奪うともいわれている。動物の中で最も進化した人類の脳であっても、それ以上に驚異的なスピードで成長する人工知能には敵わないのだろうか。人工知能は最終的に人類の味方になるのか、それとも敵になってしまうのか......。

 そんな問題にヒントを与えてくれるかもしれない本が、今回紹介する『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』(講談社)。科学技術振興機構による「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」のメンバーである2人の共著だ。プロジェクトリーダー・池谷裕二氏と医師の紺野大地氏が、脳と人工知能研究の過去・現在・未来について、図解を使いながらわかりやすく説明されている。

「2XXX年のあなたの一日は、人工知能が『睡眠や覚醒を司る脳領域』を刺激することで始まります。この領域は睡眠や覚醒を司っているため、ここを刺激されたあなたは一瞬で目が覚め、眠気に悩まされることのない一日が始まります」(同書より)

 この"未来の世界に暮らす人の一日"を紹介した一文は、朝が弱い人にとっては特に魅力的だ。一日の食事はサプリメント一粒。しかし味覚を司る脳領域を刺激することで、一流レストランのご馳走を食べているような感覚を味わえる。仕事も満員電車に乗って通勤する必要はない。自宅のリビングにいながら、仮想空間で好きなコスチュームを着て会議ができる。面倒な業務はやる気を出すための脳領域を刺激することで、午前中に終わらせることが可能だ。

 人工知能の研究は50年以上も前から始まっているという。当初は四肢を失った人たちのために、ロボットアームなどを脳活動だけで動かそうとする目的であった。しかし「人間の脳のような知能を創る」という意志は、その後3回のAIブームを経て更なる進化を遂げていく。

「人類と人工知能とが互いの強みを活かして手を取り合うことで、どちらか一方ではたどり着けないところまで行くことができる。それこそが人類が目指すべき未来だというのが、私たちの考えです」(同書より)

 著者の紺野氏は、脳と人工知能との関係をそのように前向きにとらえている。現在はGoogleなどの巨大IT企業が人工知能の研究に取り組んでいるが、とりわけ注目すべきなのが、テスラで有名なイーロン・マスクが設立したNeuralink(ニューラリンク)だ。彼は将来的に誰もが脳に電極を埋め込む時代が来ると考え、目を見張るようなスピードで画期的な研究を進めている。

 また、2021年より急速に発展してきている「メタバース」と神経科学の相性もいいと著者は考えている。先に触れたように、脳神経を刺激するだけで空を飛び、味わい、コミュニケーションを取り合う将来がやってくるのかもしれない。紺野氏は以下のように、神経科学とメタバースの融合について非常に期待を寄せている。

「私達が感じる世界は究極的には脳活動が作り出したものに過ぎません。そう考えると、将来的に脳についての理解がもっともっと進めば、私たちは自らが望む『世界』そのものを自在に作り出すことができるようになるかもしれません」(同書より)

 未来への期待が高まる一方で、現時点での脳と人工知能の研究にはまだまだ課題も残されている。健康な人の身体を傷つけて脳に電極などを埋め込む「侵襲的手法」はまだ倫理的に許されていない。他人の脳へのハッキング行為など、開発者の意にそぐわない悪用をされる危険性もある。紺野氏は未来への希望と併せて、"人類はどの方向へ向かうべきか"という倫理面についても考えていく必要があると語っている。

 最終章ではそんな未来についても数多く考察されている。著者の手掛ける「池谷脳AI融合プロジェクト」での4つの試みをはじめ、世界の最新研究の紹介はたいへん興味深い。課題を解決し、脳と人工知能を共進させることでよりよい未来を目指していく。そんな研究者たちの一途な姿勢には、頭が下がる思いだ。

 なお本の最後に追伸として、思わず口元をほころばせてしまうような紺野氏にまつわるエピソードが載せられている。それを踏まえても、次世代の科学を担う現在の若い人たちにぜひ読んでもらいたい1冊である。

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