【「本屋大賞2020」候補作紹介】『ノースライト』――椅子のみを残し、一家はどこへ消えたのか? 横山秀夫、6年ぶりとなる新作長編小説

ノースライト
『ノースライト』
横山 秀夫
新潮社
1,500円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは横山秀夫著『ノースライト』です。

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 映画化、テレビドラマ化もされた警察小説『64(ロクヨン)』から実に6年ぶりとなる、横山秀夫の新作『ノースライト』。ファンの皆さんの中には、本書を手にするのを待ちわびていた方も多いのではないでしょうか?

 本書の主人公は一級建築士の青瀬稔(あおせ・みのる)、45歳。バブル崩壊とともに仕事を失い、妻とは離婚、一人娘とも一カ月に一度会うだけの関係となり、現在はただ淡々と毎日を生きています。しかし、あるとき吉野という夫妻から「あなた自身が住みたい家を建ててください」という依頼を受けた青瀬は、情熱を傾けて信濃追分に新築の一軒家を設計します。ノースライト(北からの採光)を主役にした独創的な家は、吉野夫妻に感激とともに受け入れられ、「Y邸」として建築雑誌に取り上げられるほど高い評価を受けました。しかし引き渡しから4カ月後、青瀬は「Y邸に誰も住んでいないのではないか」という話を耳にするのです。設計事務所のオーナー・岡嶋とともに現地に赴いた青瀬でしたが、そこに吉野一家の姿はなく、玄関の扉にこじ開けたような痕を見つけます。家の中に入ってみると、家具はほとんどなく、ただ一脚の椅子だけが残されていました......。いったい家族はどこへ、そしてなぜ消えてしまったのか――。

 あらすじを見ただけでも、謎に満ちたスリリングな展開で、好奇心をかき立てられますよね。まさに推理作家・横山秀夫の面目躍如といったところですが、本書はこれまでの横山作品とは一線を画しているところがあります。それは「警察小説ではない」という点。

 横山秀夫といえば、推理作家であるとともに警察小説の旗手として、これまで『陰の季節』『半落ち』『臨場』といった傑作を生み出してきました。しかし本書の舞台は建築業界であり、主人公も建築士。警察や警察官が登場することもほぼなければ、殺人シーンが描かれることもありません。そういった意味では、思い描いていたミステリー小説とは違うと感じる人もいるかもしれません。けれど、謎を追い求める中で登場人物それぞれの人生が丁寧に描かれ、骨太の人間ドラマが紡ぎ出されるという点においては、本書もこれまでの横山作品と何も変わりがないと言えるのではないでしょうか。

 本書は吉野一家の謎を解くとともに、青瀬が所属する事務所が社運を賭けて臨むコンペや、Y邸に残されていたドイツの建築家ブルーノ・タウトの椅子に関するエピソードが盛り込まれ、物語をさらに奥深いものにしています。また、青瀬の半生も回想として随所に出てきます。ダムの工事現場で働く父親に連れられて各地を転々と渡り歩いていた子ども時代、念願の建築士になったもののバブル崩壊とともに崩れ去った家庭生活など、伏線の一部としての機能を果たしているといえるかもしれません。吉野一家の失踪が青瀬自身の過去とつながり、時間が巻き戻されたかのようにカチリと重なり合うラストに、きっと皆さんも胸が熱くなることと思います。そして、「家」を通して「家族とは何か」という問題まで、私たちは考えさせられることになるでしょう。

 まさに横山作品の新境地ともいえる『ノースライト』。濃密な人間ドラマと温かな感動を味わいたい方にぜひ読んでいただきたい一作です。

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