【「本屋大賞2020」候補作紹介】『夏物語』――38歳女性の精子提供による出産決意と葛藤を描く『乳と卵』続編

夏物語
『夏物語』
未映子, 川上
文藝春秋
1,980円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは川上未映子著『夏物語』です。

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 第138回芥川賞受賞作『乳と卵』を著者自らがリメイクしつつ、そのスピンオフともいえる新たな物語が誕生しました。

 まず、本書に触れる前に『乳と卵』を少しおさらい。語り手「私」の夏子が住む東京・三ノ輪のアパートに、大阪から姉の巻子と12歳の娘の緑子がやってきた3日間の物語です。巻子は豊胸手術を受けることにとりつかれ、緑子は月経への違和感に悩みを抱えています。母と娘の関係、女性という性を受け入れる難しさなど、女性として生きる苦悩を『乳と卵』で描きました。

 本書は2部構成で、第1部は『乳と卵』のリメイク、第2部は『乳と卵』の8年後を舞台に、38歳になった夏子視点で物語が展開されます。

 1部で姉の巻子が夏子を「小さいころから本をようさん読んでて難しい言葉もよう知ってて、すごく賢かったんやで」「そのうちデビューして、作家になるんやで」と形容していた通り、2部で夏子は33歳のときに文学賞を受賞して小説家デビュー。夏子は三ノ輪から三軒茶屋に引っ越し、エッセイやコラムなどを書きつつ、どうにか生計を立てていました。

 夏子はある日、第3者の精子提供による妊娠と出産を経験した女性のインタビューを放送したテレビ番組に釘付けになります。それ以来、パートナーはいないけれど、「自分の子どもに会ってみたい」という思いに駆られ、非配偶者間人工授精(AID)での出産に興味を抱きます。というのも、年齢的な出産リミットへの焦り以上に、彼女には出産のためのセックスという選択肢がなかったのです。その理由は彼女の過去の経験から本書で語られます。

 そうした中で出会ったのが、逢沢潤という男性。精子提供によって生まれた彼は、大人になったときにAIDで生まれたことを家族から告げられて以来、実の父親を捜しているというのです。物語では次第に逢沢の苦悩が明かされていきます。

 夏子は逢沢との交流を深めるうちに、AIDは特殊なことではないこと、他の親のように父親の存在を黙ったままにはしないなどの決意を新たに、AIDでの出産に思いをはせます。

 そんな矢先、過去に性的虐待を受けていた逢沢の恋人・善百合子から「どうしてそんなに子どもを生みたいのか」という根本的な疑問を突き付けられます。夏子は自分でもわからないが、「会いたいと思う気持ちがあった」とあいまいに返答してしまいます。

 すると、善は「出産は身勝手な賭け」だと一蹴。子どもを産むということがどういうことか、そしてその覚悟を問いかけます。なぜ、"身勝手な賭け"なのでしょう? そして、夏子が出した結論とは......?

 本書が焦点をあてた「生殖倫理」は、日本ではまだまだ法整備が進んでいない実情があります。本書ではAIDを取り巻く制度や関係者の葛藤、女性にとっての出産の意味などが深く掘り下げられています。いま一度、真剣に「命」に向き合ってみませんか?

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