第80回 別次元の世界の「フラッシュ」が共演! アメコミにおける"マルチバース"という概念とは?
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新年早々、アメコミ映画・ドラマ好きの間で話題になる事件がありました。TVドラマの「フラッシュ」に、映画版のフラッシュが登場したことです。
フラッシュというのはバットマンやスーパーマン、ワンダーウーマンと同じDCコミックに属するヒーロー。赤いコスチュームをまとい、超光速で走ります。2014年からTVドラマ・シリーズが始まり人気を博しています。
このTV版でフラッシュを演じるのはグラント・ガスティン。一方、このTVドラマ・シリーズとは別に2016年公開の『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』、2017年公開の『ジャスティス・リーグ』の両映画にもフラッシュが登場。このフラッシュはエズラ・ミラーが演じています。
DCは映画とTVドラマは"別物"と考え、TV版と映画版はそれぞれのアレンジでストーリーが作られ、別々のフラッシュが作られたわけです。
しかし今回のTV版フラッシュのエピソードでは、"別次元の世界のフラッシュ"がやってきたという設定で、映画版のフラッシュが登場。ファンにとってはグラント・ガスティンとエズラ・ミラーのフラッシュが共演する!という夢のようなお話となりました。
もともとアメコミのスーパーヒーロー物には"マルチバース"という概念があります。パラレルワールド的な考え方です。
従って、このフラッシュについていえばTVの世界と映画の世界はパラレルワールド=マルチバースの関係だった、という前提で、時空を超えて両者が出会った、としたわけですね。
アメコミがマルチバースの考えを持ち出したのは1950年代後半に<アース1>と<アース2>という設定が登場したあたりからだと思います。
以下、大雑把に説明すると......もともとDCは、1938年のスーパーマンから始まり、それに続く形でフラッシュやグリーン・ランタンといった多くのヒーローたちをデビューさせたことでメジャーになりました。
そう、DCヒーローのほとんどが第二次世界大戦時前夜生まれ。しかし戦後=1950年代中盤に新規読者をとるために、これらのヒーロー物をいちから語りなおす(仕切り直す)ということを始めます。
なので、フラッシュやグリーン・ランタンらは戦前版と戦後版が存在します。
当然、戦後版のキャラの方がメインになっていくわけですが、戦前版を好きな人もいる。そこで戦前版のヒーローたちは<アース2>とよばれる世界の住人、戦後版のヒーローたちは<アース1>で活躍、という風に後で説明をつけ、両者共存のために辻褄をあわせました。
要はアース1と2はパラレル・ワールドの関係だと。(この後、アースはまたいろいろあって1つに統合したり、52の世界に分かれたり等するのですが)。
出版ビジネスの都合で言えば、もともと新規層獲得のためにヒーローたちをリニューアルさせたわけですが、今までのファンのためにも"それ以前"の話を無かったことにはしなかったのでしょう。
自分が好きなバージョンのヒーローたちは別世界で生きている、そして時々出てくる、と思えることは精神衛生上もとても良い(笑)。
今回のグラント・ガスティンのTV版フラッシュとエズラ・ミラーの映画版フラッシュの共演は、TVと映画どっちがいい?と議論する両ファンを納得させるためのものでもあります。マルチバースという概念をここに組み入れ両者とも「あり」にしたのです。
このマルチバースはDCのライバルであるマーベルもこの先に積極的に映画やドラマの中に取り入れようとしています。そう考えると異色作『ジョーカー』も、今までのバットマン映画とはマルチバースの関係にある"ある世界"の話と考えればいいのかもしれません。
アメコミ・ヒーローは時代に合わせて設定を変えたり加味したりすることで長寿コンテンツとなります。またコミックの枠を超えTV、映画、アニメ、ゲーム、配信コンテンツと様々なメディアに登場することで、各メディアの良さを活かしたキャラに調整していく必要があります。従って同じヒーローでも、様々な仕様のバージョンが生み出されていく。そしてどれが"正しい"のではなく全部"正しい"。
一見安直な発想に思われますが、その根底にあるのは"それぞれのヒーロー"についた"それぞれのファン"を裏切らない、という気持ちなのかもしれませんね。
このマルチバースという概念は、キャラクターのフランチャイズ・ビジネスにおいてとても便利かつワクワクさせる切り札かもしれません。
なおエズラ・ミラー出演で、フラッシュを主人公にした映画が作られる予定ですが、今度は映画の方にグラント・ガスティンのTV版フラッシュが乱入して欲しいものですね。
(文/杉山すぴ豊)