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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第23回 70年代フィリップ・マーロウ3作品は、惹句までハートボイルドだった。

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●祝・初DVD/BD化!! 『さらば愛しき女よ』

 大好きな映画なのだ。
 なのにこの映画ときたら、1975年5月に日本公開されたにも関わらず、今年3月までDVD/ブルーレイ化がなされてなかったという、いわば時代に忘れられた傑作だったのである。それが41年余の歳月を経て、ようやくDVD/BD化された。喜び勇んで買おうと思ったら、何と「在庫切れ」とな!! はあああ・・好きな人っているんだなあ。
 何の映画かといえば、『さらば愛しき女よ』。ディック・リャーズ監督、ロバート・ミッチャム、シャーロット・ランプリング主演。しかも原作がレイモンド・チャンドラーの同名小説。私立探偵フィリップ・マーロウが活躍するハードボイルド・ミステリーだ。とはいえハードボイルドとは文章上の描写スタイルのことで、これを映画化するのはなかなか難しい。ところがこの「さらば愛しき女よ」は、1941年のロサンゼルスという時代設定といい、マーロウにロバート・ミッチャム、謎の女性ヘレンにシャーロット・ランプリングという、ちょっと人生に疲れた、けだるさ満点のキャスティングが成功した。

 その「さらば愛しき女よ」の日本公開時の惹句がまた感傷的でシブい。

 「バーボンだけさ 俺の手に残ったのは
           いつもと同じことよ」

 かっこいいなあ・・。中年を過ぎた男は、こういう世界に憧れるものなのです。僕がこの映画を愛してやまないのも、全編に渡るこのけだるい雰囲気と音楽、そしてミッチャム演じるマーロウの、しがない探偵ぶりがハマっていて、映画を見ている間中、1941年のロスの裏町の雰囲気にどっぷりと浸ることが出来るからだ。

 過去ハンフリー・ボガートら何人もの俳優がマーロウ役に挑戦するも、どうにも原作の味わいが出ない。その点『さらば愛しき女よ』のロバート・ミッチャムは原作愛読者もが「これぞマーロウ!」と絶賛するほどの素晴らしさだった。この映画をはじめミステリー小説の映画化では知られたプロデューサー エリオット・カストナーは続けてチャンドラーの「大いなる別れ」をミッチャム=マーロウで映画化するも、こちらは監督がアクション派のマイケル・ウィナーに変わったことで、ディック・リチャーズ監督のあの叙情性やディヴィッド・シャイアのけだるい音楽とは無縁の作風になってしまい、失敗した。日本では劇場未公開。初めてお目見えしたのは、TBSの深夜映画枠であった。


●原作には忠実だが、映画には似合わない
             『ロング・グッドバイ』の惹句。

 70年代前半から半ばにかけて、アメリカ映画で流行したのが、1930〜50年代を舞台にしたノスタルジックな作風の映画。ピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ペーパー・ムーン』『ラスト・ショー』あたりは、モノクロ映像で古き良き時代のアメリカを描いた名作。ロマン・ポランスキー監督の『チャイナタウン』は、まさにハートボイルド小説から抜け出たような私立探偵ジェイク・ギデスをジャック・ニコルソンが演じた、フィルム・ノワールっぽさが漂う作品でありました。

 『さらば愛しき女よ』に先立ってエリオット・カストナーが製作したマーロウ作品が『ロング・グッドバイ』で、監督がハリウッドの異端児ロバート・アルトマン、主演にエリオット・グールドを迎えるといった、変化球的な内容で話題を呼んだ。原作のマーロウのうらぶれた感じを排除し、やさ男のグールドが謎の事件に挑むものの、どうにもアルトマン監督のタッチとチャンドラー小説がうまくマッチしているように見えず、脚本リー・ブラケット、撮影ヴィルモス・ジグモンド、音楽ジョン・ウィリアムズといった辣腕スタッフの力が発揮されたとは言いがたい。夜中の3時に飼い猫のために、クルマでキャットフードを買いに行くマーロウ。そら違和感ありますがな。

 その『ロング・グッドバイ』が1974年に日本公開された際の惹句がこれ。

 「友情と愛を信じた 甘いブルースの口笛
   怪事件を追うマーロウの影が 気だるい陽光にゆらめく−」

 これはこれで、文章としてはすこぶるかっこよく、ハードボイルド=感情を交えないクールな雰囲気を漂わせているのだが、残念ながら原作には忠実でも映画の内容を忠実に再現したとは言いがたかった。当時のエリオット・グールドのムードが軽薄っぽいことも影響してか、アルトマン監督の異色作とは評価されても、チャンドラー作品の映画としては不成功。さながら中尾彬が金田一耕助をジーンズ姿で演じた「本陣殺人事件」みたいな違和感がぬぐいきれなかった。逆に考えれば、エリオット・カストナーはこの映画の失敗で、チャンドラーの原作に忠実な『さらば愛しき女よ』を製作したのではないかと思うのだ。あ、でもジョン・ウィリアムズの男女混成コーラスのテーマ曲は良いぞ。


●3本のマーロウ映画に共通するストロングな脇役。

 ノスタルジー・ブーム以前の1969年に製作され、我が国では70年に公開されたフィリップ・マーロウもの『かわいい女』では、ジェームズ・ガーナーがマーロウに扮したのだが、この人も違和感あるなあ。マーロウにしては元気溌剌な感じが強すぎる。

 そして日本公開時の惹句ときたら・・・。

 「右手に拳銃! 左手に女とスコッチ!
   名探偵マーロウ 颯爽と登場!」

 マーロウは颯爽としたキャラじゃないし、そもそも左手に女とスコッチを持ったら重すぎるだろ。オリジナル・タイトルからして「Marlowe」なあたり、まさかこれを新時代のマーロウ映画の決定打にするつもりじゃないだろうなあ。

 ところで、我が国ではそろって70年代に公開された、このフィリップ・マーロウもの3作品『かわいい女』『ロング・グッドバイ』『さらば愛しき女よ』には、妙な共通点がある。

 ハードボイルドと言えば、悪人たちとの格闘や小競り合いがつきものだが、その悪人やチンピラに、その後揃ってアクション・スターとなった俳優たちが見られるあたりが面白い。『かわいい女』には、あのブルース・リーが、『ロング・グッドバイ』はノンクレジットながらアーノルド・シュワルツェネッガーが、そして『さらば愛しき女よ』には『ロッキー』以前のシルベスター・スタローンが親友ジョー・スピネルと顔を見せている。

 マーロウものにチンピラ役で出演した俳優は、後に大成する。というジンクスがハリウッドにあるかどうかは知らないけど。

 ところで、『さらば愛しき女よ』のブルーレイは、まだアマゾンで「在庫切れ」なんだろうか。早く見たいよおおお・・。 

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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