【映画惹句は、言葉のサラダ。】第21回 猫も杓子も「アカデミー賞」連呼の惹句たち。
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●この時期の名物といえば・・・
年明けから今月あたりにかけて、シネコンの(別にミニシアターでもいいけど)ロビイにズラリ並んだチラシに記載されているフレーズと言えば、アカデミー賞。
「第89回アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表」
(『海は燃えている』)
「本年度アカデミー賞大本命!」
(『ラ・ラ・ランド』)
「アカデミー賞受賞俳優たちが集結した奇跡の物語」
(『素晴らしきかな、人生』)
「アカデミー賞最有力!」
(『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』)
言うまでもなく、アカデミー賞はアメリカ映画界の最高権威とも言うべき賞で、この賞にノミネートされれば作品のクォリティが高いことの証明となり、最優秀賞を受賞などしたら、作品の知名度は一気に拡大。日本公開時の興行力もぐっと高まります。日本の配給会社としては、何の努力もすることなく作品の注目度がアップするわけですから、一般的な知名度も抜群なこの賞の名称を大いに連呼し、宣伝を行うわけです。
そんな「賞頼み」な映画宣伝がいつ頃から始まったか、ちょっと調べてみました。映画宣伝のための惹句に、「アカデミー賞」のフレーズが大々的に使われたのはいつからか? どうやらそれは1986年あたりからで、この年の3月に公開されたロバート・レッドフォードとメリル・ストリープ共演のラブ・ストーリー『愛と哀しみの果て』がそれに該当しました。
「アカデミー賞最有力!
アカデミー賞11部門ノミネート」
その後のアカデミー賞惹句大量発生から考えると、慎ましやかなものです。「アカデミー賞最有力!」というのは、いわば配給会社の願望ですが、「11部門ノミネート」と、わざわざ表記してあるのは、それが現実になったことを意味します。
●「受賞するのでは?」という期間にこそヒットさせろ!
『愛と哀しみの果て』を配給したCICは、その後UIPと名称を改めますが、この会社は80年代半ばからヒット作を相次いで配給しました。とりわけアカデミー賞を話題にした宣伝戦略と営業戦略がうまかったことは特筆されます。
例えば19988年2月に公開された『遠い夜明け』という作品には、こんな惹句が使われています。
「アカデミー賞受賞監督アッテンボローが贈る壮大な叙事詩!」
監督のリチャード・アッテンボローが、以前『ガンジー』でアカデミー賞最優秀作品賞を受賞したことから、今回も同じ監督だからアカデミー賞を受賞する可能性が高いような、そんなことを匂わす惹句です。このチラシを配布した段階では、まだノミネートも発表されていなかったのでしょう。チラシの上の部分が大きく空いているので、当時宣伝マンに「アカデミー賞をとったら、この余白に受賞した賞を入れようというのでしょう?」と聞いたところ、「まあ、勘ぐればそうだね」との答えが返ってきました。残念ながら『遠い夜明け』はアカデミー賞無冠に終わり、チラシの余白はそのままでしたが。
UIPがとったアカデミー賞戦略とは、アカデミー賞を受賞した作品を大々的に「アカデミー賞受賞作!!」と連呼するのではなく、まずノミネート発表の段階で大きな話題にする。そしてその時期に映画を公開する。以後約1ヶ月の間、「果たしてこの映画はアカデミー賞をどれだけ受賞するのか?」といった話題を盛り上げて、映画をヒットに導く。そして授賞式になるや、最優秀賞、特に最優秀作品賞を獲得したかどうかで再度話題を盛り上げる。つまり話題のピークを2回に渡って設け、ノミネートの時期に合わせて映画を公開する。これが特徴でした。ノミネートの時期に作品を公開するためには、映画館を経営する興行者への発言力や信頼関係、過去の実績がものを言います。仮にアカデミー賞で最優秀作品賞を受賞したとしても、公開は2ヶ月後、ということになれば、ビジネス・チャンスを逃してしまいます。
このところ、往年のUIPのような、ノミネート段階から作品を全国公開し、「最優秀賞を受賞するか?」といった興味を喚起させる大規模な展開をする作品が少なくなっているのは、作品賞受賞作品にインディペンデント作品が増えているからでしょうか。ちょっと寂しい気もします。
(文/斉藤守彦)