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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第17回 日本の配給会社を四苦八苦させた「スター・トレック」シリーズ。

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●1980年夏。鳴り物入りで公開された劇場版第1作。

 アメリカではそこそこの、いや時として大ヒットを飛ばすのだが、その成果がストレートに日本の興行に反映されない。無論日本の配給会社としても万全な体制で宣伝を仕掛け、営業も盤石な構えで挑むのだが、シリーズを通して今ひとつ成績がぱっとしない。そんなアメリカ映画のシリーズの代表格と言えるのが、「バットマン」シリーズと「スター・トレック」シリーズだ。とりわけ後者の「スター・トレック」シリーズは、今まで3つの配給会社が手がけてきたものの、その成績を見ると、関係者はさぞ地団駄を踏んでいるだろうと想像してしまうほど。

 それでも「スター・トレック」シリーズの第1作は、鳴り物入りで公開された。1980年7月。1977年の『スター・ウォーズ』の大ヒットに端を発したSF映画ブームがピークに達し、この年の夏休みだけで『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』『ファイナル・カウントダウン』『復活の日』といった日米のSF映画がしのぎを削る激戦区。そこに躍り出た『スター・トレック』の惹句がこれだ。

 「今こそ 人類の冒険が始まる」

 アメリカで長いこと放映され「トレッキー」と呼ばれる熱狂的ファンが存在しているTVシリーズの映画化・・というバックグラウンドを一蹴するほどの大作感。巨匠ロバート・ワイズ監督の起用、ジョン・ダイクストラ、ダグラス・トランブルの2大SFX(まだVFXではなかった)アーティストによる特撮シーンがジェリー・ゴールドスミス作曲の、新しい壮大なテーマ曲に乗って登場する超大作『スター・トレック』は我が国でも夏休み映画の目玉の1本として拡大公開され、配給収入11億円をあげるのだが、この映画の場合撮影が始まるまでにトラブルが多すぎた。そのいくつかのトラブルが製作費の膨張を招き、アメリカでも良好な成績を残したものの、製作費の回収までには行かなかったようで、しかも内容が哲学的で往年のTVシリーズのファンが困惑するといったおまけがつき、製作のパラマウントはシリーズを続行するものの、第2作は製作費もさほどかけず、監督も当時新人だったニコラス・メイヤーが登板。TVシリーズに登場した人気悪役カーンをフィーチャーしたものとなった。


●「全米大ヒット!!」惹句全盛の時代でも、配収は上昇せず。

 「スター・トレック」シリーズ第2弾『スター・トレック2/カーンの逆襲』は、我が国では1983年2月に公開された。前作同様、配給はCICが手がけるものの結果的に配収は3.1億円と、前作の半分以下の成績にダウン。続くシリーズ第3弾『スター・トレック3/ミスター・スポックを探せ!』もCICが配給し、地方での同時上映に『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』がセットされるという恵まれた興行環境にも関わらず、配収は3.5億円と、やはり3億円台に終始した。

 そんな「スター・トレック」シリーズに、起死回生のチャンス到来。アメリカでも興収1億ドルを超える大ヒットとなったシリーズ第4作『故郷への長い道/スター・トレック4』は内容的にも面白く、鯨を救うためにエンタープライズ号のクルーたちが、1986年のサンフランシスコにやってくるという、現実世界と地続きの設定。23世紀と21世紀のカルチャーギャップがもたらす笑いなどは、シリーズではあまり見られないものであった。

 我が国においてこの作品は、CICが発展したUIP(ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ)の手で配給されたが、UIPの宣伝といえば、作品の内容よりも本国での興行実績や「シリーズ第●作記念大作!!」といったアニバーサリー感を大きく謳うケースが多かった。それ故、「故郷への長い道」の惹句もこうなってしまう。

 「驚異の大ヒット! 4週間で動員1300万人 興収6700万ドル」
「今、全米で『ゴールデンチャイルド』と興行成績を激しく競う!」
 
 ほとんど業界紙の見出しである。アメリカでどれだけの人が映画を見ようが、日本の観客には直接関係がないのだが、この時代はこうした惹句が幅をきかせ、それは現在でもお笑い番組などで嘲笑される「全米大ヒット!! 興行新記録樹立!!」といった、映画の背景を大きく連呼するだけの、ワンパターン惹句の乱発を招くことになる。また『ゴールデンチャイルド』を比較材料として提示しているのは、『故郷への長い道』と同日公開された作品で、地方ではこの2本が2本立てになったという背景からだろう。

 ともかく第1作を除いて配収3億円台にとどまっていた「スター・トレック」シリーズが、この作品で大きく成績を伸ばすかと思われたが、そうは行かなかった。結局配収は3.16億円と、前作『スター・トレック3/ミスター・スポックを探せ!』の3.5億円を下回る有様であった。


●新しいメンバーによるシリーズと、J.J.のリブート版。

 1995年12月には、新たなTVシリーズ「新スター・トレック」をもとにした劇場版『ジェネレーションズ/STAR TREK』がUIP配給で公開されるが、もとより秋口の公開を予定していた作品だ。ところが上映館の前番組『マディソン郡の橋』が大ヒットし、そのロングランの影響で「正月映画になってしまった」作品である。正月映画となれば通常以上の大ヒットが期待される。この時期大ヒット作に必要なのは、女性観客だという強い固定観念のもと、「ジェネレーションズ」は「スター・トレック」のタイトルを英語表記でサブタイトル扱いとし、宣伝用惹句も女性を意識したものとなった。

 「愛は時を超え 宇宙(ほし)を救う−」

 それでも配収は3億円。どうルックスを変えてみても、「スター・トレック」は「スター・トレック」に過ぎず、ポスターにエンタープライズ号やミスター・スポックを大きく扱った時点で、一般的な認知度の限界は見えていたのかもしれない。

 以来『スター・トレック/ファースト・コンタクト』『スター・トレック/叛乱』『ネメシス/S.T.X』と新作を続けて公開するも、状況はいっこうに好転せず。当時ヒット作の多さで知られたUIPを持ってしても、このシリーズを日本で当てることは出来なかった。

 それから数年。J.J.エイブラムスがイニシアティヴをとっての「スター・トレック」リブートが行われ、その第1作『スター・トレック』が2009年5月に日本公開される。今回の配給は、UIPの解体によって独立した形のパラマウント・ジャパンだ。J.J.監督版「スター・トレック」は興収6億円を上げたが、これは配収に換算するとおよそ3億円になってしまう。「スター・トレック」シリーズの限界は3億円なのかと思いきや、この配給会社はリブート版第2作 『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』で、思い切った宣伝展開を実施する。まずこの映画の惹句には、「ジェネレーションズ」同様に女性を意識したものを採用する。

 「人類最大の弱点は、愛だ。」

 ただし「ジェレーションズ」と大きく異なったのは、「イントゥ・ダークネス」には若い女性に人気のあるベネディクト・カンバーバッチが悪役として出演していることで(その悪役が、カーンであることは伏せられた)、アド面ではカンバーバッチだけがフィーチャーされたポスターが作られたり(「スター・トレック」のポスターにエンタープライズ号も、カーク、スポックが登場しない例は、初めてだっただろう)、とにかくカンバーバッチをメインに押し出した宣伝展開が行われた。また肝心である映画の完成度は高く、J.J.監督のエンタテイメント職人的手腕が存分に楽しめ、さらに往年の「ストー・トレック」ファンも納得させる内容であった。日本での興行収入は10.8億円。配収に換算すれば、約5.5億円程度になるだろうが、これは快挙だ。1980年夏に公開された「スター・トレック」以来の好成績は、「スター・トレック」シリーズであることに、カンバーバッチという付加価値が加わった成果と捉えて間違いない。

 そして2016年10月。「スター・トレック」シリーズの新作、リブート版第3作『スター・トレックBEYOND』が、日本でも公開される。パラマウント・ジャパンが解散してしまった(はやっ!)ことから、今回は東和ピクチャーズが配給する。その宣伝惹句は、さながらこのシリーズを象徴しているようだ。

 「未来を超えろ。 限界を超えろ。」

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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