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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第15回 猫も杓子もスピルバーグ!! だった時代。

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●最も映画惹句に登場した監督はスピルバーグだろう。

 このクソ暑い中、ふと考えてみた。
これまで、我が国の映画宣伝用惹句に最も登場した監督は、誰だろうか?
 深く考えることもなく、答えは出た。スティーヴン・スピルバーグ監督に間違いないだろう。

 「●●監督最新作!!」とか「あの●●が送る、愛と感動の新作!!」みたいな惹句がはびこっているはいるものの、そこに監督の名前を冠することで、さて映画の興行価値はアップするんだろうか? これが俳優の名前だったりすれば、映画に登場する人の姿を見たいという需要をかき立てることが出来るが、監督の場合はそうではない。それでもスピルバーグの名前が一時期やたらに惹句に使われたのは、映画のクォリティを保証するのでなく、映画がヒットするのに必要な、ヒット・ブランドとして重用されたと見て間違いないだろう。

 80年代から90年代にかけて、スピルバーグが監督したり製作に関わった作品は、必ずと言って良いほど、彼の名前が惹句に登場した。その最初は、1980年3月公開の『1941』の惹句だ。

 「でっかいことやるアメリカ映画
  『ジョーズ』『未知との遭遇』のスピルバーグが
   また何かたくらんでいるぞ!」

 『1941』の場合、わざわざスピルバーグのイラストまで宣伝材料に登場させ、さもアメリカ映画の大作で、配給会社としては『ジョーズ』『未知との遭遇』クラスの大ヒットを狙っているような惹句だったが、フタを開けて見てびっくり&ガッカリ。「びっくり」は映画の破天荒すぎる内容に。そして「ガッカリ」は、興行成績に(笑)。


●『E.T.』の惹句は、心に染みる素晴らしい出来。

 まあスピルバーグ自身も『1941』の想定外な完成度(そのぐらい想像出来るだろうに)と興行のコケっぷりに愕然とし、盟友ジョージ・ルーカスと『レイダース/失われたアーク』にかかり、その後に大ヒット作『E.T.』を監督するわけだが、この『E.T.』の惹句が素晴らしい。ヒット・ブランドではなく、初めて「スピルバークの作品」であることが、観客(となるべき人たち)の感情に訴えかけたと言っても良いだろう。

 「かつて子供だった大人に
  そして これから大人になる子供たちへ。
  スピルバーグが贈るSFファンタジー」

 『E.T.』という映画の特徴や背景を、短い語数で表現した名惹句だ。
 この『E.T.』の大成功がきっかけとなり、スピルバーグは自身のプロダクション アンブリン・エンタテインメントで複数の作品に関与し始め、その中には監督ではなく製作者として関わる作品もあった。これらもスピルバーグが若い才能に機会を与えたいという、ポリシーの反映だ。こうなったらスピルバーグが監督してなくても、彼の名前をつけて売ってしまえ!!と考えたのが、日本の配給会社。その結果、巷にはスピルバーグの名前を冠した惹句が氾濫することになる。

 「'85〈正月〉--スピルバーグからの贈り物」
          (『グレムリン』1984年公開)
 「スピルバーグのミステリー・アドベンチャー初登場!」
(『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』1986年公開)
 「スピルバーグが贈る愛と冒険のファンタジー!」
(『アメリカ物語』1987年公開)
 「スピルバーグがNYに奇跡を起こす!!」
(『ニューヨーク東8番街の奇跡』1987年公開)

 さながらスピルバーグのバーゲンセール。こうして安易に作られた惹句は、ビデオ全盛の風潮と相まって、「全米大ヒット!!」「興行新記録樹立!!」といったワンパターンへと繋がっていくのであった。


●時を超え愛され続ける『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

 多くの場合、スピルバーグが製作に関係した作品は、彼自身が監督とした作品ほどヒットしなかったが、例外もあった。ロバート・ゼメキスが監督したタイムトラベル・アドベンチャー『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、1985年12月に公開され、配給収入36.9億円と、86年公開作品中(正月映画の場合、精算のタイミングから翌年の作品としてカウントされる)トップの成績となっただけか、その息をもつかせぬ面白さが観客を熱狂させた。その『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の惹句がこれだ。

 「スピルバーグがまたやった!!
  アメリカで"フューチャー現象"爆発!
  サマーシーズン・レコード樹立大ヒット!」

 これまた「アメリカで」「レコード樹立」「大ヒット!」と、陳腐な言葉のオンパレードなれど、そんなフレーズに負けないほど映画が面白かった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は89年12月に第2作『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』、90年7月に第3作『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』がそれぞれ公開され、配給収入55.3億円、47.5億円を計上。90年年間ヒット外国映画第1位と2位を独占した。

 スピルバーグ関連作品は流行性こそ強いものの、長期に渡って記憶される要素に乏しいというのが業界内の評価だったが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作は違った。今年7月23日から「午前十時の映画祭7」で上映されたところ、映画館によっては夏休み映画の新作を上回るほどの入場者数を記録した。特に力を入れたのが東京・立川シネマシティで、最大キャパのスクリーンを開けた上に音響を独自に設定し、重低音を大幅にパワーアップした「極上爆音上映」を行った結果、初日、2日目の上映回は満席。上映終了後には拍手が起こったという。

 その『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作上映のために、立川シネマシティが独自に作ったポスターの惹句が素晴らしい。

 「こんなにも面白い映画が、この世界にはあるんだ。」

 『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』の冒頭、マーティとドクはデロリアンで2015年にやってくるが、その1年後の日本に来れば、彼らの映画がどれだけ愛されているか見ることが出来たのに・・・と思うと、ちょっと残念だ。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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