連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第12回 『本多猪四郎 無冠の巨匠』〜怪獣と特撮映画を愛する国の評論家が書き上げた、第一級の映画監督論!!

本多猪四郎 無冠の巨匠
『本多猪四郎 無冠の巨匠』
切通 理作
洋泉社
2,700円(税込)
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☆ 評論家・切通理作が20年を費やした、494ページの大冊!!

 本書は『ゴジラ』『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』『地球防衛軍』など、主として東宝特撮映画の監督として知られる本多猪四郎を、評論家・切通理作が研究・調査・取材したその成果である。最初の構想から、実に20年もの月日が費やされたという(20年まるまるこの本だけにかかり切ったわけではないが)。その切通の情熱は、494ページという厚さに反映されている。
 本書は本多監督が遺した多くの作品を解読し、そこに込められた本多監督のメッセージや演出意図を読み解こうというものだ。しかしその対象である本多監督が既に鬼籍に入られていることから、御本人への取材は不可能。いきおい本多監督自身の発言は、過去のインタヴュー記事や書籍・雑誌などからの抜粋となるのは仕方のないところだろうが、いかんせん靴の上から足を掻いている感じは拭えない。さらに著者である切通理作が、特撮映画の撮影現場を直接、一定期間見聞きしていないことも、例えばプロデューサーと監督との関係性についてなど、実感よりも既成概念を優先したような記述が見られるあたりが残念だ。

☆ 演出家、そして家庭人としての本多猪四郎。

 そうした点は確かにあるが、切通がこの長大な映画監督論で描かんとする「人間・本多猪四郎」像から見れば些細なことにすぎない。本書の白眉は、映画監督=演出家としての本多の思想に限りなく肉薄したことである。なぜ本人への取材をおこなわず、そんなことが出来たのか。それは本多監督作品のシナリオを、本多監督が実際に使ったシナリオと比較。現場での書き込みや台詞の変更点、削除されたシーンなどを、切通は作品別にひとつひとつ確認していった。この緻密な作業から浮き出る、本多監督の作品に対する思い、そして意思、ポリシー、生き様。シナリオになかった台詞が、手書きで付け加えられている。そのたった1行の追加台詞が、当時の本多の心境を雄弁に物語ることもある。シナリオは多くの場合、第三者によって書かれる「映画の設計図」だが、それを実際の映像作品として創り上げるプロセスで、本多監督がどのような考えでどのような手段を持って挑んだか。その完成形は作品として見ることが出来る。まさしく演出家としての仕事ぶりを検証するに相応しい方法だ。

 加えてきみ夫人に子息である隆司氏への取材を通して、「家庭人・イノさん」の姿にも迫ったあたりは、きみ夫人の著書『ゴジラのトランク』と併せて読むと、より立体的に本多猪四郎という人物の実像に迫ることが出来よう。

 3回もの徴兵を体験し、戦地に赴いた本多がそこで何を見聞きし、体験したかについて触れたのも初めてではないだろうか。このことは、戦後監督となった本多が自作を通して何を伝えたかったを物語る重要なファクターでありながら、これまでその実像に迫ることが憚られた部分だが、本多猪四郎という人間の思想や行動を見聞するためには、避けて通れない。避けるべきではない。ここに切り込んだだけでも、本書が単なる特撮映画研究書ではないことが分かろうというもの。

☆ ギレルモにギャレス、悔しかったら読んでみろ!!

 怪獣や特撮映画を愛してやまないこの国の評論家が、この第一級の映画監督論に挑み、完成し、世に出した。このことは特筆に値する。近年『パシフィック・リム』『GODZILLA/ゴジラ』など、ハリウッド映画でギレルモ・デル・トロ監督やギャレス・エドワーズ監督からオマージュを捧げられた本多監督だが、では我々日本人が、どれだけ本多猪四郎という人物を、その生き様を、その思想を理解していただろうか。外国から誉められて、初めてその真価に気づく過ちをまた我々は冒してしまったが、本書が世に出たことで本多監督の仕事ぶりが改めて評価されるきっかけとなれば、こんなにうれしいことはない。

 切通理作には、改めて感謝を捧げたい。なぜなら、もう何回も、何十回も見た東宝特撮映画や怪獣映画、本多監督作品を、また新しい視点で見ることが、楽しむことが出来るからだ。真に優れた評論とは、見慣れた作品から新しい発見を示唆してくれるものだ。

 ありがとうございました。そしてお疲れ様でした、切通さん。

 そして、ハリウッドからイシロウ・ホンダにラブコールを送ったギレルモにギャレス。おめーら、悔しかったら日本語でこの本を読んでみろ!! 怪獣が好きで、特撮映画が大好きなこの国の評論家が、この本を書いたんだぞ!! 思いの深さでは、負けねーよ!!

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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