連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第10回 『字幕屋に「、」はない』〜デジタル時代の、アナログ字幕職人。

字幕屋に「、」はない (字幕はウラがおもしろい)
『字幕屋に「、」はない (字幕はウラがおもしろい)』
太田 直子
イカロス出版
1,620円(税込)
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☆映画も映画館もデジタル化してしまった・・

 映画のデジタル化は、前世紀からくすぶっていた。それが急速に加速したのは、HD24Pのデジタル・ビデオカメラが撮影現場に普及したことで、これによってフィルムを使わないで撮影された映画が急速に増えたわけだ。そこからは、あれよあれよという間に、ポストプロダクションやら合成やらCGやら、1本の映画の製作プロセスが、ほとんどデジタルでまかなえるようになってしまった。もちろん俳優の演技とかは別にして。今やフィルムを使わないで作られた映画は、日本でもアメリカでも主流になってきている。

 そうなると、それを上映する映画館もデジタル化が必要になってくる。でっかいリールに巻かれた重たいフィルムを映写機にセットして、ピント合わせを映写担当がやって、上映が終わったら巻き戻して・・・などという光景は、もうほとんどの映画館で見られない。今や映写機に替わってDLPシネマ・プロジェクターで、フィルムではなくDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)と呼ばれるメディアからデジタル・データになった映画をサーバーにコピーし、それを上映する。映写技師や映写担当は既に職場を失い、すべてがPCで管理された上映システムに従って、映写スタートのスイッチを押すのは、アルバイトの女性だったりする。

 そんな光景が当たり前になってしまった昨今だが、外国映画を鑑賞する際に目にする字幕は、未だアナログな方法でつけられていると言うから面白い。このデジタル時代に、翻訳者の訳した字幕がなければ、肝心の映画の台詞の意味が分からない。なんだか小気味よいではないか。デジタルは万能じゃねーんだよ!! 人間が、ちゃんと手と頭脳を働かせなくては出来ない作業が、まだあるんだよ!! 別に私は日本アナログ協会(あるのか)の回し者ではないが、とても、とてもうれしい。

☆痛快!! 女字幕屋武闘列伝!!

 だから太田直子さんの著書『字幕屋に「、」はない』を読んで、とても爽やかな気分に浸ってしまった。太田さんのお名前は、外国映画の翻訳をされている方と認識していたが、この楽しいエッセイを読む限り、とてもサービス精神旺盛で、弾むような文体が心地よい、エッセイストとしても一流の手腕の持ち主だと確信した。

 この本には、太田さんが翻訳家(というか、字幕屋さん)として体験した、数々の理不尽なエピソードや、トホホな裏話、「この仕事をやっていて良かった!!」と思える楽しい出来事等が、軽いタッチで描かれている。1エピソードあたり4ページぐらいで、さくさく読めるのも好印象。ひとつひとつのタイトルは、ちょっとオヤジ趣味だけど(笑)、字幕屋を目ざす人、翻訳で身を立てようという人は、絶対に読むことをオススメする。どんな職業にも、裏と表があるのだ。もちろん映画ジャーナリストにも・・(以下自粛)。

☆字幕切り替えのタイミングは、経験がモノを言う。

 外国映画に使われる字幕は、台詞の度に切り替わるわけだが、正確には「間」や息継ぎで切り替わるそうで、どのタイミングで切り替えるかは、字幕翻訳者の経験がモノを言うそうだ。目安としては「1秒以上間が開いたら切る」「話者が替わったら切る」「話す相手が替わったら切る」「話す相手が終わったら切る」「ブレスのない長ゼリフでも5秒を超えたら切る」など。翻訳者の人は、映画1本分の字幕切り替え箇所を、赤ペンでシナリオに番号を振っていく。「1作品のセリフ数は、たいてい1000前後。赤ペンを持つ手がしびれる頃、やっと『ハコ入り台本』の完成です」(本文より)と。それ以降も作品の内容やセリフの長さに合わせて、再度文字数を調整していくというから、これはもう人間の手作業と目作業でしか出来ない仕事だ。

 森田芳光監督の96年作品「(ハル)」の中に、「洋画を見る時の字幕を読む、あの不思議な感覚」というセリフがある。まさにその通りで、通常ならば聴覚に届くはずの言葉が、視覚を通して伝えられるのが、字幕スーパーで外国映画を観ることの不思議さだ。例えば泣ける映画、感動する映画を観ている時、我々は俳優のセリフを聞いて涙しているのではない。太田さんたちが翻訳した字幕を読んで、そこに涙を流しているわけだ。
 そんな太田さんたち字幕屋の緻密なお仕事ぶりに、心から敬意を表したくなる一冊である。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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