連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第9回 『ゴジラ/アート・オブ・デストラクション』〜ギャレス、君は何を考えてこの映画を作ったんだい?

GODZILLA ゴジラ アート・オブ・デストラクション (ShoPro books)
『GODZILLA ゴジラ アート・オブ・デストラクション (ShoPro books)』
マーク・コッタ・ヴァズ,富原まさ江,平林祥
小学館集英社プロダクション
12,210円(税込)
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☆今年の夏は、とにかく「ゴジラ」だった!

 2014年の夏。今年はなんと言っても「ゴジラ」だった。言うまでもなく、1954年に第1作が作られた我が国の怪獣映画シリーズを、ハリウッドで映画化した大作だ。この映画を試写会で2回、IMAX 3D版を1回、立川シネマシティでの"極上爆音上映"で2D版を1回。計4回も見てしまった。これだけ惚れ込んだ作品も、近年珍しい。

 なぜこれほど夢中になったのだろうかといえば、うれしかったのだ。日本のゴジラ映画のフォーマットが、ハリウッドでも通用し、それが第一級のグローバル・エンタテインメントになったことが。幼い頃からずっと見て来た怪獣映画のフォーマットが、世界に通用するのだと立証されたことが、本当にうれしかった。

 それを実現してみせた、まだ39歳のギャレス・エドワーズ監督の手腕には感服するしかない。自分より年下のイギリス人青年がゴジラ映画を監督して、それが世界中でヒットしたなんて、信じられない気持ちでいっぱいだ。そして思った。低予算映画『モンスターズ/地球外生命体』だけの実績で、製作費1億6000万ドルの超大作の監督に抜擢されたギャレスが、いかなるプロセスを経て、どのようなことを考えて、どれほどのプレッシャーを受けながらこの傑作を完成させたのか。それを知りたくて、『ゴジラ/アート・オブ・デストラクション』を手に取った。

☆ゴジラ映画取材経験者としては、隔世の感。

 著者はマーク・コッタ・ヴァズ。本職は作家ながら、VFX関係の書籍も上梓しているらしい人だ。ちなみに映画のメイキング・ブックというのは2種類あり、ひとつは映画に関わった監督以下スタッフが自分たちの職務について解説し、それが作品にいかに反映されているか、インタヴューなどで語った、いわば"自己申告型"。もうひとつは、ジャーナリストなりライターが一定期間撮影・制作現場に密着し、作品完成まで取材を行った上で、そのプロセスを書き手の主観で著すという、こちらは"客観視型"とでも言えば良いだろうか。

 『ゴジラ/アート・オブ・デストラクション』の場合、体裁としてはマーク・コッタ・ヴァズが制作プロセスで取材を行い、その時々中心になったスタッフにインタヴューし、実際に使用された写真素材やスケッチの類いを、ふんだんに掲載している。

 実を言うと、この僕もゴジラ映画のメイキング取材の経験がある。2001年12月に公開された『ゴジラ・モスラ・キングギドラ/大怪獣総攻撃』の撮影開始からポスト・プロダクション、音楽録音までのプロセスを取材し、その成果を雑誌に掲載した後、映画公開と同時期にムックとして刊行した。本編、特撮、両方の撮影現場に赴いての取材は楽しかったが、何せワンカットずつ撮影していくのが映画というもの。長い準備や待機に時間をもてあましたり、かと思えばお目当てのシーンの撮影が、たまたま現場に来なかった日に行われてしまい、取材チャンスを逃してしまったり。当時はアナログ特撮、SFXからデジタルを多用したVFXにちょうど移行する時期で、両方の技術を使ってワンカットずつ作り込んでいく、そのプロセスをじっくりと見られたのは、とても良い経験になったと思っている。

 さてこの『アート・オブ・デストラクション』だが、書き手であるヴァズの撮影現場取材と思いきや、ここに掲載されている大量の写真やコンテ、スケッチなどは、当然ながらスタッフの提供によるもので、オールカラー、大判、170ページ近い大冊とあっては、テキストよりもこうした資料類が幅をきかせているのは仕方がないところだろうか。だからこそ「アート」オブ・デストラクッションなのだろうけど。僕が毎日のように撮影現場に通い、この日はこんな事があった。この俳優さんが何回NGを出した、特撮ではこういう準備に何時間を費やしたという、現場日記とはまた異なる作り方をした本だが、それは日本とアメリカの取材スタンスやセキュリティ意識の差であり、またSFXとVFXのギャップでもあり、宣伝サイドのコントロールをすり抜けて、取材者が何を表現したいかという意識の差でもあるのだ。

☆ビジュアルだけでなく、テキストを辿ると彼の思考プロセスが理解出来る。

 本書は確かにビジュアルを中心に構成された書籍だが、テキストもまた興味深い内容が盛り込まれている。ヴァズが取材したであろう、ギャレスと関係者のコメントだけを拾い読みして行っても、怪獣映画をイギリス人青年がいかにして世に放ったか。そのプロセスで何を考え、どんなことを目ざしたかが、手に取るように理解出来る。

 例えば・・イギリスからやってきたギャレスが、レジェンダリー・ピクチャーズのCEOトーマス・タルと会った際「おいしい話ばかり聞かされて、唖然とした」と。しかし、タルは本気でギャレスに「ゴジラ」を任せるつもりでいた。かくして2012年のコミコンにて、ギャレス監督の「ゴジラ」が大々的に発表されるのだが、「じっと待っていると、突然びっくりするような凄い歓声が聞こえて来たんだ。それを聞いて、本当にぐっと来たよ。そして"やばい。泣き出しそうだぞ"と思ったんだ。感情が高ぶってしまってね。その時誰かに"ギャレス、ステージに出るんだ!"と言われ、僕は出ていくしかなかった。前もってスピーチを考えていたけれど、一行も思い出せなかったよ。とにかく泣くのをこらえるのに必死だった」と、自分が置かれた立場を実感し、呆然としたことを述懐している。だがプリ・プロダクションに入るや、ギャレスは自らのビジョンを明確に打ち出し、スタッフを唸らせる。トーマス・タルのコメント。「ギャレスとの打ち合わせに来る人間は、みんな最初は半信半疑だった。"この映画は前と違って超大作だぞ。本当に大丈夫かい?"という感じでね。だが打ち合わせを終えて部屋から出ると、全員がこう言った。"で、どこにサインすればいい?"」

☆「怪獣映画が愛されるのは、人間の進化と関係がある」

 撮影を開始した「ゴジラ」だが、ここでもギャレスのポリシーは一貫していた。「中にはスクリーン上で分裂を起こしている作品がある。普通の映画かと思いきや、いきなりコンピュータ映像が出てきて、そこだけカメラが空を飛び回って撮影したような、あり得ないショットになってしまうんだ。だからコンピュータ・グラフィックのシーンと実写シーンとの整合性が大切だと思っていた。不自然なカメラワークは出来るだけ避けて、なぜそのフレームショットを使うかを、常に頭に置いていたよ」。

 はい、あります。そういう「いきなりCG映像になってしまうショット」、日本映画にも。多くの場合「これって誰の視点やねん?」という映像を、単に現場のビジコンを取り囲む人たちから「かっちょいー!!」という自画自賛を浴びたいという、そのためだけに作られたようなショットが。

 そして主役であるゴジラをどう見せれば良いかも、ギャレスはちゃんと考えていた。

「ゴジラがスクリーンに全貌を現した後、ゴジラだけをフィーチャーし続けるのは無理だ。この作品は三幕構成にするべきだと考えた。第三幕でついに怪獣の戦いが決着するスタイルだ。それまでクリーチャーは点滴みたいに、ちょっとずつ姿を見せていくことになる。オーディエンスが見たいと思うものを、見たいと思う時に全部見せてしまうと、かえって楽しんでもらえない。オーディエンスをじらすのが大事なんだ」。

 そんな万事に周到な知性派ギャレスも、撮影中イライラした時もあったという。

「正直言ってうんざりするよ。計画通りに進まない時、小規模なチームなら軌道修正も難しくない。でも何百人というスタッフが絡んでると、その場での修正がすごく難しくなる。照明で調整、カメラで調整し、俳優にも指示を出し、とにかくベストと思うショットのために、すべてを手直ししなくちゃいけない。頭の中にあるイメージを形にする為に、戦い続けるだけだ」。

 その戦いの成果が「ゴジラ」というわけだから、ギャレスは勝利を納めたと言っても良いだろう。ちなみに彼は、怪獣映画について独自の考えを持っている。

「怪獣映画が愛されるのは、人間の進化と関係しているんじゃないかな。人間は、かつて洞窟や小屋に住んでいて、森に棲む動物たちに殺される危険性がつきまとっていた。現代人は高層ビルやマンションで暮らしているけれど、何かに殺されるのではないかという本能的な恐れを失っていないと思うんだ」。

 かくしてギャレスの超大作「ゴジラ」は完成し、全米公開され大ヒット。世界公開最後の地に選ばれた地元ニッポンでも、多くの観客を熱狂させた。そのプロセス、ギャレスの思考や言動は、この一冊にすべて記録されている。多くのビジュアルだけでなく、テキストもまた楽しめるメイキング・ブックである。

 ただし一言苦言を呈すれば、ギャレスのデヴュー作『モンスターズ/地球外生命体』のタイトルの大半が『モンスター/地球外生命体』と単数形になっていることや、「ギルモア・デル・トロ」なる名称の人物が登場するなど(47ページ)、日本語翻訳のお粗末さが目についた。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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