連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第8回 『クレヨンしんちゃん/ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』『スイートプールサイド』劇場用パンフレット〜映画パンフに「次のお客を連れてくる」力はあるのか?

映画『ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』パンフレットより

☆シリーズ歴代第3位のヒットになった『クレヨンしんちゃん』の新作

 今年公開された「クレヨンしんちゃん」シリーズの新作『ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』は、とにかく面白かった!! このシリーズは面白い作品とそうでないのがはっきりと別れるのが特徴なのだけど、こと『ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』に関しては、歴代トップクラスの面白さであった。
 1993年7月公開の第1作『アクション仮面VSハイグレ魔王』以来実に21年間21作を輩出したこのシリーズには、『モーレツ!大人帝国の逆襲』や、後に実写リメイクされた『嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』のような、アニメの枠を超えた傑作さえ存在する。それらと比べても『ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』は遜色のない、いやそれらを上回ると言っても良い、まさに「クレヨンしんちゃん」シリーズでなくては作ることが出来ない傑作だったのである。

 ただしこのシリーズの場合、作品の面白さがイコールたくさんの観客を集める=ヒットすることとストレートに結びつかない傾向もあり、興行収入のトップは現在でも第1作『アクション仮面VSハイグレ魔王』(22.2億円)と、第2作『ブリブリ王国の秘宝』(20.6億円)だったりする。評価の高い『オトナ帝国の逆襲』は14.5億円とシリーズ中5位だが、4位が2007年の『嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!』の15.5億円と聞けば、やや複雑な思いに囚われる人もいるのではないだろーか?

 誰もこのことを指摘しないので、あえてここに書いてしまうけど、その『クレヨンしんちゃん/ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』の、現時点での興行収入がいくらかといえば、これがなんと17億9702万円。つまり21年間に渡るシリーズ中、第1作、2作に続いて興収第3位を記録したのである!! こりゃもー快挙というかしかないでしょう。厳密には、まだ続映中の映画館もあることから、18億円突破は確実と言っていいですよね、東宝さん。このシリーズの場合、興行はゴールデン・ウィークの3週間に行うのだが、昨今ではシネコンが多いことから客足が落ちない作品は3週間過ぎても小さなスクリーンに移動したり、上映回数を減らすなどして上映を続行するケースが多い。とはいえ今年の「クレヨンしんちゃん」のように、4月にスタートして7月に入ってもまだ上映しているという事態は、極めて異例。シネコンの人に聞いてみても「満席になることはありませんが、夕方1回上映すると、確実にお客様がいらっしゃいます」とのこと。ずっとこのシリーズを見てきた身としては、涙が出るほどうれしいぞ!!

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☆観客増加にはパンフレットが貢献した?

 この『クレヨンしんちゃん/ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』の劇場用パンフレットがまた、すこぶる楽しい出来になっている。オールカラーでカラフルな誌面には、映画の楽しさがそのままパッケージされているのはもちろんのこと、このパンフ全体が、この映画の世界観の産物と思えるほどの出来だ。映画評論家による作品論とかは一切なし。高橋渉監督のインタヴュー以外の読み物としてはしんのすけ、ひろし、ひまわり、シロ、みさえの声優陣による座談会があるが、これもまた劇中に登場する「朝まで生ノハラ!」を実際に行ったような設定が面白い。スペシャルゲストの紹介とコメント、映画化の舞台裏の紹介等、劇中のビジュアルをふんだんに使って掲載しているが、あのほろっとするラストには触れていない。それって正しい判断だよね。

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 この「クレヨンしんちゃん」のパンフを見て、「これを学校に持っていったら、みんな読みたがるだろうし、映画も見たがるだろうなあ」。そんなことを考えた。昔、例えば怪獣映画なんかを見に行ったクラスメイトは、親に買ってもらったパンフレットを翌日学校に持参し、「おっ、あの映画見たのか!?」と、みんなの注目と羨望を集め、その子はその日一日ヒーローになれたのであった。映画を見て、パンフレットを買ってきただけなのに。

 確かにパンフレットを買うということは、その映画が面白かった。期待を裏切られなかったという一種の証明みたいなもので、それを他人に見せるという行為は、「俺の好きな映画を、みんなも好きになってくれい」との意思表示と解釈することも出来る。映画の情報が濁流のように流れてくる昨今だが、やっぱり「この映画、見てみよっかな」という気持ちにさせるのは、実際に映画を見た人の感想を聞いた時だ。その人がパンフを持っていれば、その支持力、説得力はより強くなるってもの。

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 つまり映画のパンフレットには「次のお客さんを呼び込む力」があるのだが、どの程度それが有効かは、やっぱり作品によって異なる。ただし、かつてバンフの原稿を書き飛ばした経験を持つ筆者としては、そういうことを意識して書いていた。もう何年も前だが、『踊る大捜査線』(1作目!) のパンフに「青島刑事プロファイリング」という、青島と歴代名刑事たちを対比させたコラムもどきの文章を書いたところ、「踊る」ファンがやってるウェブサイトで「これは面白い!! もう一度映画を見たくなる!!」と取り上げられて、とても気分が良かったし、『トリック・劇場版』のパンフに「トリック・トリビア」と題した小ネタ辞典を書いたところ、映画を見終わってパンフを読んだカップルが「このネタには気づかなかったので、もう一度映画を見よう」と語り合っていたと聞き、その後のふたりの幸福を祈った。知らない人たちだけど。そしてそれは、パンフを編集する立場の人も同様みたいで、話を聞いても「次のお客さんを連れてくるよう、意識して作っている」という。

ううむ・・・・・。

 それって実際、どうなんだろうか? 映画を見たお客さんが、感想と一緒にその映画のパンフを見せることで、次のお客さんを呼び込むことは、確かにうれしいことではある。自分の好きな映画は、家族友人や知り合いにも見てもらいたいから。ただ、映画のパンフというものは、本来そうした目的のために作られているのではないだろう?という気持ちもある。「次のお客さんを呼び込む」ことを目的にしたパンフばかりになってしまったら、本来映画パンフが持つべき「作品の内容や魅力を、印刷物としてパッケージして、保管する」ことが後回しになってしまう可能性があるのではないかと思うのだ。無論、パンフに映画の魅力が詰まっていて、それを読んだ人が映画を見に行くモチベーションになることは賛成だ。でもやっぱりパンフは「お金を払って映画を見た観客が、その思いを持って帰って保存する」アイテムであって欲しいと思うのだ。

☆共犯者感漂う『スイートプールサイド』のパンフ

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 最近では押見修造の原作を松居大悟監督が映画化した『スイートプールサイド』が、すこぶる面白かった。さほど製作費もかかっていない映画だとは思うけど、十代の頃(「青春」という言葉を使うのが、未だに気恥ずかしい・・)、プールサイドで体験した、あのドキドキ感が甦った、そんなことを思い起こさせる思春期映画の傑作であった。

 ところが、この映画の場合それほどたくさんの映画館で公開されたわけではなく、6月という時期だからか、ロングランを前提とした公開でもなかったのである。それでも目ざとい人たちには「傑作だ!!」との声を集めて、ゆっくりとではあるがその輪が広がりを見せていった。

 無論パンフレットも発行された。最近観客目線でノリノリのバンフを作ることが多い、松竹事業部の編集・発行によるこのパンフ。表紙からしてプールで泳ぐ刈谷友衣子の物憂げな表情が、彼女が首から下に抱えたジレンマを連想させる。内容的にはオールカラーではないものの、ストーリーや原作者と監督のインタヴュー、人間関係図、メイキング・レポートなど、シンプルながら押さえるべき所はすべて押さえており、その上あたかも映画を見終わった観客とパンフの作り手たちが「ここだけの話ですが・・あのイケナイ映画はこうして出来たんですよ」と、あたかも秘密を共有するような共犯者感がふつふつと漂う。これはこれで、確信犯的な作りとみた。『スイートプールサイド』という映画を気にしている人が、このパンフを読んだならば、きっと、いや絶対に映画を見たくなることだろう。見終わって、このパンフをアイテムに「共犯者の輪」の中に入りたがるに違いない。

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 そんな現象が各地で起きたのかどうかは知らないが、『スイートプールサイド』は、一部の映画館で2週間上映の予定が4週間に増えたという。イケナイ映画を楽しむ共犯者が増えたのだ。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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